女子関節と野球肘のリスク
特集 ★2014年7月4日
鳥居昭久先生の、女子ジュニア選手のためのスポーツ障害講座
女子の関節の特徴と野球肘のリスクを知りましょう
2014年6月、東京都軟式野球連盟の「東京都知事杯 東京都女子学童軟式野球大会」監督主将会議のなかで、鳥居先生による女子のためのスポーツ障害のミニ講座が開かれました。この記事はその時の話をもとに構成しています。
鳥居昭久先生プロフィール
中京大学体育学部卒。愛知医療学院短期大学リハビリテーション学科教授。理学療法士および日体協アスレティックトレーナーとしてスポーツ障害や障害者スポーツなどの支援を専門に行っており、ロンドンパラリンピックでは日本代表チームの専属トレーナーを務めた。
同校の女子軟式野球部「Betz」の部長兼監督で、10年と13年に大学女子軟式野球の全国大会でケガに関するアンケート調査を行うなど、女子野球とスポーツ障害の研究にも着手している。
参考URL/愛知医療学院短期大学
Lecture1 野球肘の原因と予防
野球選手の三大障害部位といえば、肘、肩、腰。でもこれは男子のデータにすぎません。というのもこれまで女子野球選手を対象にした本格的なスポーツ障害調査がなされたことがないため、この3つが女子にも当てはまるのか、現段階では誰にもわからないからです。
それでも女子選手にも多く発生しているのが肘のケガ(野球肘)です。野球肘とはオーバーユース(過度な投球)やミスユース(間違ったフォームや力の入れすぎ)によって、肘の内側や外側、後ろ側が痛くなる症状をいい、特にジュニア選手は肘内側のじん帯(内側側副じん帯)のケガが多いといわれています。
その予防のためには過度な投球をさせないこと、正しいフォームで投げることが基本ですが、私はそれらに加え、女子特有の肘関節の特徴を知ることが大切だと思っています。
男子より柔らかいといわれる女子の関節。具体的に何がどう違うのか、そこからどんなリスクが生まれるのか、順に見ていきましょう。
Lecture2 肘の構造は男女で違います
女子の特徴1 ●人間の腕は真っ直ぐ伸ばしても肘を基点に少し外側に曲がっています。これを「肘関節の生理的外反」(別名・肘角〔ちゅうかく〕、運搬角)といいます。この角度が女子のほうが男子より大きいのが特徴です。
そのため腕を真っ直ぐ前に伸ばすと、女子は肘の内側と内側がくっつくケースがよく見られます。
腕を下ろして手のひらを正面に向ける
と肘から先が体から離れる(生理的外
反)。この角度が男子より女子のほう
が大きい。
腕を前に伸ばすと、女子は肘の内側と
内側がくっつくことが多い。
女子の特徴2 ●肘そのものの曲げ伸ばしの範囲(肘関節の可動域)も女子のほうが大きい傾向があります。
①肘を肩の高さまで上げ、腕を自然に
曲げる。
② ①の黄色い線と腕を伸ばしたとき
の線が作る角度が関節が動く範囲。
男子の肘関節の可動域は。
女子より狭いことが多い。
女子の特徴3 ●特に肘を伸ばすと反対側に曲がる(これを「腕の過伸展」といいます)人も女子には多く見られます。
過伸展は緑の線(伸展0度)からさら
に曲がった部分の角度をいう。
このように女子は肘の関節が男子より柔らかくできています。(肘に限らず女子の関節は男子より柔らかい)
Lecture3 関節が柔らかいとケガのリスクが高くなる
女子の関節の柔らかさは両刃の剣です。投球を例にとって説明しましょう。
まず良い面から。ボールを投げるときは腕を強く前に振り出しますね(この時を加速期といいます)。すると肘を外側に曲げようとする力が働き、腕がムチのようにしなります。生理的外反が大きく過伸展であるほど、そのしなりは大きくなります。もちろんパッと見て明らかな男女差が出るほどではありませんが、そこに遠心力が加わるので時々すごくいい球を投げる女子選手が現れます。「いい球だなあ、最高だなあ」と思う指導者もいることでしょう。
気をつけなくてはいけないのは、ケガのリスクが高くなることです。
腕がムチのようにしなる、つまり肘を外側に曲げようとする力が大きくなると、反対に肘の骨と骨をつなぎとめているじん帯が、肘が外に曲がらないようにがんばります。するとじん帯に大きなストレスがかかり、ケガの危険が高まるわけです。
「体が柔らかい=ケガの予防につながる」と当たり前のように言われますが、それは筋肉の柔らかさのことであって関節の柔らかさのことではありません。関節が柔らかすぎるとケガのリスクが高まり、女子は特にその危険が高いことを充分に理解してください。
そしてどんなにすごい球を投げる女子のエースがいても、人数不足で二番手投手がいなくても、選手の将来を考えて使いすぎは避けるべきです。常に何人かの投手を育てて上手にローテーションを組むこと、そして正しいフォームで投げられるよう指導することが、女子の場合特に重要です。
肘回りの筋肉の疲れをとるストレッチを覚えましょう
Lecture 1で述べたように野球肘の原因はオーバーユースやミスユースなどにあるので、これさえやっておけばケガが防げるというストレッチはありません。とはいえ少しでもケガを予防するために、肘回りの筋肉の疲れをとるストレッチをご紹介します。
なおじん帯や腱を痛めた場合は見よう見まねのストレッチやマッサージでは治りませんので、プレー中に少しでも痛みを感じたら、我慢せずにすぐ専門医を受診してください。ジュニア選手の野球肘は早く対応するほど予後が良くなるからです。
ストレッチの前に。知っておきたい肘と手首の関係
みなさんは肘回りの筋肉はどこにつながっていると思いますか? 実は手首を動かす筋肉とつながっています。
下の写真はバッティングやピッチングの際、緊張する主な筋肉を示したものです(便宜上、1本の直線で表しています)。
黄色は肘内側の筋肉(主に橈側手根屈筋〔とうそくしゅこんくっきん〕、尺側手根屈筋〔しゃくそくしゅこんくっきん〕)。
緑は肘外側の筋肉(主に長橈側手根伸筋〔ちょうとうそくしゅこんしんきん〕、短橈側手根伸筋〔たんとうそくしゅこんしんきん〕)です。
内側の筋肉と影響を受ける骨(赤丸)。
外側の筋肉と影響を受ける骨(赤丸)。
このように肘回りの筋肉と手首を動かす筋肉がつながっているため、バッティングで手首を返したりピッチングでスナップをきかせたりするときの収縮や伸展といった筋肉の動きは、強いストレスとなって肘に影響します。特に打ち損なって片手で打ったりすると、その衝撃が全部片ほうの肘に来てしまいます。写真で見てみましょう。
<バッティングで手首を返すとき>
①右打者を例に。2つの筋肉に注目。
②最後にグッと手首を返すと…。
③左腕は外側の筋肉にグッと力が入る
(左打者なら右腕の外側の筋肉)。
④右腕は内側の筋肉にグッと力が入る
(左打者なら左腕の内側の筋肉)。
<ピッチングでスナップをきかせるとき>
①テイクバックの際、内側の筋肉がグ
ーッと伸びる。
②スナップをきかせると内側の筋肉が
ギュッと縮む。
手首の運動の負担が肘に来ることがなんとなくおわかりいただけたでしょう。
では筋肉の疲れを取るストレッチを始めましょう
肘内側の筋肉のストレッチ(左腕を例に)
①腕を伸ばして手のひらを上に向け、肘の内側が伸びるように手首を曲げる。
②小指側から手のひらをつかんでゆっくりと引く(そらせる)。
このとき反時計回りに手首を少しひねりながら引くと筋肉がよく伸びる。(右腕の場合は時計回りにひねりながら引く)
肘外側の筋肉のストレッチ(左腕を例に)
①腕を伸ばして手のひらを下に向け、手首を曲げる。
②親指側から手のひらをつかんでゆっくりと引く。
このとき時計回りに手首を少しひねりながら引くと筋肉がよく伸びる。
(右腕の場合は反時計回りにひねりながら引く)
ストレッチのコツ
●弾みをつけて引くと筋肉を痛めるので、ジワーッとゆっくり引く(内側、外側、各20~30秒)。
●できれば運動の前と後に行う。お風呂上りにやるのも効果的。
●肘と手首をつなぐ筋肉は斜めについているので、それを意識すると伸ばしやすい。
※もっと色々知りたい方は → 特集「やるな! 東海」 鳥居教授の「女子野球における外傷・スポーツ障害講座」
※協力/東京都軟式野球連盟、愛知医療学院短期大学・女子軟式野球部