女子野球情報 

hokkai

地方別女子野球の歴史

北海道初の女子チーム「北海ベアーズ(女子部)」の記録
 
 北海道の女子野球は、現在でも活発に活動している中学硬式チーム「北海ベアーズ」(ポニーベースボール協会北海道連盟所属)に女子部ができたことに始まるという。昭和52年4月のことだ。
「もともと男子に交じって女の子がいたんですが、私たちも試合に出たいというので当時の高橋紘一会長が女子部を作りました」と元監督の中田章氏。男子(小中学生)は硬式野球をし、女子(中学生以上)は軟式野球をしたという。「当時は女子野球に対する理解者が少なく、また選手集めも大変でした」というが、それでも中高生や事務員、看護士、教員、飲食店経営者など、様々な人々が集まって野球を楽しんだという。

 中田氏は北海高校OBで当時北海ベアーズのヘッドコーチ。しかし女子部の監督の転勤に伴って昭和53年ごろ監督を引き継ぎ、仕事が忙しくなった平成2年まで女子チームを率いたという。チームは昭和58年から硬式野球もやるようになり、ポニーリーグの小中学生と試合をしていたという。

 実は北海ベアーズのホームページの「北海ベアーズのあゆみ」のページには中田氏の監督就任の記録がなく、またチームは昭和58年に活動を休止したことになっているが、各種大会の記録や新聞記事を見ると、この時期の一般の部の監督は中田氏で、チームは昭和60年代に入っても活発に活動していたことがわかる。昭和61年には毎日新聞社主催の「第19回毎日杯争奪日曜野球大会」に出場し、一般社会人チームと対戦したという新聞記事(下記)も残っている。

 チームがいつまで存続したかはよくわかっていないが、「おそらく平成3年以降、結婚などでやめる人が増えたために活動を休止したのだと思います」と中田氏は言う。

※画像をクリックすると拡大画像がご覧になれます。

昭和57年(1982年)5月14日 朝日新聞北海道版

昭和57年(1982年)5月14日 朝日新聞北海道版
「スポーツ・あらかると 女子野球 随所に男顔負けの攻守」
文章中に「昭和52年4月創部の北海ベアーズ(札幌)が道内初の女子チーム」という趣旨の記述があるが、その一方で「昭和51年の札幌を皮切りに次々に女子チームができた」という趣旨の記述もある。
この51年創部のチームがどこなのかは不明で、おそらく51年は52年の間違いではないだろうか。

※承諾書番号A16-1903
※朝日新聞社に無断で転載することを禁じます。


その他の北海ベアーズ(女子部)に関する新聞記事
●昭和57年5月16日 読売新聞北海道版「投・攻・守 ただ今特訓中 道内女子野球の草分けの北海ベアーズ」
●昭和58年4月13日 北海道日刊スポーツ新聞「女子野球 狙いは一般・ジュニア ダブルV」
●昭和58年7月24日 北海道新聞「北海ベアーズ 日本一今年こそと闘志」
●昭和58年9月12日 北海道日刊スポーツ新聞「北海ベアーズ逆転V3 女子北海道大会」
●昭和58年9月13日 道新スポーツ「ど迫力だよ 女子野球 豪打、激走。大逆転! 北海ベアーズV3 第3回道大会」
●昭和61年4月30日 スポーツニッポン「私たち女ばかりで挑みます 北海ベアーズ いざ見参!」…第19回毎日杯争奪日曜野球大会の記事
●昭和61年5月4日 北海道新聞10面「女のひろば 三振を奪う 最高の気分 札幌・北海ベアーズ 小林良枝氏」
●昭和61年5月4日 毎日新聞「厚かったワ“男の壁” 女性チームの北海ベアーズ 初陣飾れず」…第19回毎日杯争奪日曜野球大会の記事
●昭和61年5月26日 読売新聞北海道版31面「挑戦するわょ 北海ベアーズ ファイトの輪」…第19回毎日杯争奪日曜野球大会の記事
●昭和62年10月23日 北海道新聞「女子野球チーム〝北の熊さん〟強かった」…北海ベアーズと北海道新聞社会部との交流戦の記事

(資料提供/中田章・北海ベアーズ元監督) 

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional