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特集 2012年11月29日

 第5回女子野球ワールドカップを振り返る 

世界の女子野球事情と注目選手

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国際野球連盟テクニカル・コミッショナー 橘田恵

きっためぐみ 履正社医療スポーツ専門学校「履正社レクトヴィーナス」監督。日本野球連盟の推薦を受け、国際野球連盟(IBAF)よりテクニカル・コミッショナーとして派遣されワールドカップに参加。テクニカル・コミッショナーとは試合がスムーズに進行するようあらゆる問題に対処する係で、事前準備はもちろん、大会が始まれば担当の試合を観戦し、試合が公正に行われているか確認し、何かもめ事などがあれば審判に代わって仲裁をする。またMVPなど各賞の受賞者を決定する権限ももつ。

タマラ選手がリードしたアメリカの打撃、調整ミスしたオーストラリア

 テクニカル・コミッショナー(以下、TC)として日本以外のほぼすべての試合を見ることができたのはとても興味深く、また楽しく、勉強になりました(TCは自国の試合は担当できない決まり)。

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 驚いたのはアメリカの主砲、タマラ・ホームス選手です。彼女はアメリカの女子プロ野球チーム「コロラド・シルバー・ブレッツ」(94~97年)でプレーした選手で、38歳。久々に見ましたけど、なんで右でも左でもあんなに打てるんだと(笑)。パワーもあって本当にびっくりしました。前回のベネズエラ大会ではホームランを何本も打ったそうですが、今回はホームランこそ出ませんでしたが、打率6割7分9厘で首位打者に輝きました。

 アメリカチームはタマラ選手など数人を除き、ほとんどがソフトボーラーだったので、速い球にはよく対応して打ったし、内角や外角問わず、高めの球を打つのがうまかったですね。それだけに外角低めや内角の変化球が有効だったと思うし、実際日本はストレートは見せ球だけで、変化球を中心に配球し、緩急もつけていたと思います。

 前回のベネズエラ大会2位のオーストラリアは今大会4位に終わりました。最多得点選手や盗塁王、ベストナイン(三塁手)など、個人賞をとった選手がたくさんいるのにこの成績だったのは、調整に失敗したからではないでしょうか。南半球と北半球は季節が逆。つまり冬のオーストラリアから夏のカナダに行くということで、かなり早くから現地入りしていたんですが、本番のころには疲れてしまったのかなと思います。ピークにもっていく調整を間違えましたかね。

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 私はオーストラリアに野球留学した経験があるのですが、本来オーストラリアのチームは一度エンジンがかかったら止まらないんです。でも今回は大事なところでエラーを連発して大量失点し、勢いに乗れませんでした。ここぞというときの集中力を欠いた。それが日本との大きな違いでした。

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 でも三塁手のクリスティーナ・クレポルト選手はベストナインを取っただけあって、守備がうまかったですね。右投げ左打ちで強肩強打、足もそこそこ速い、文句なしにいい選手だと思います。プレーはまだ荒削りですが、磨けばさらなる成長が期待できるかと思います。
 盗塁王を取ったブロンウェン・ジェル選手は私がオーストラリアにいたときは小学生でしたが、びっくりするほど成長していました。彼女も足の速い良い選手です。

 オーストラリアには各州にクラブチームがあり、そのなかの一部のチームに女子部がある状況ですが、毎年3月のイースターの時期には州代表による全豪大会が開かれています。2012年からは15歳以下の女子大会もできました。オーストラリアはもっているものはすごくいいと思うので、まだまだ伸び代があるチームだと思います。
 

急成長していたカナダ。打撃も守備も意識も、レベルが高かった

 私たちTCが全試合を見て感じたのは、「カナダ強いなあ」ということです。チーム平均打率は4割3分1厘と、8カ国中1位(日本は3割5分6厘で3位)。もともとバッティングには定評があるんですが、それに加えて今回は守備がものすごくうまくなっていました。雑さがなくなって基本に忠実に丁寧に打球を処理するようになったのです。

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 アンドレ・ラチャンス監督はオタワ大学で運動力学を教えている人で、今回が5回目のワールドカップ。前々回の松山大会では準優勝したんですが、前回のベネズエラ大会では5位に沈んだので、自国開催の今回は相当な覚悟をもって臨んだのだと思います。

 たとえば試合前、アップを終えてノックに入る前に少し時間がありますよね。そんなときでも2人一組で守備の練習をするんです。人工芝にボールを落として跳ね方を確認するところから始めて、膝をついて右に左にグラブを動かしてショートバウンドを捕る練習をずっとしている。そんなことをやっていたのはカナダだけです。外国でああいう光景を見たことがなかったので、その意識の高さにびっくりしました。

 今回のカナダは一、二、九番の足がメチャメチャ速かったですね。二番はバントもうまかった。それで三、四、五番がドンドンと大きいのを打つ。メンバーも打順も、どの試合もほとんど一緒でした。それだけ作りこんできたわけです。

 日本もカナダ戦は最初は勝っていたけど追いつかれてギリギリで勝ったというような試合でしたが、本当にこれはもしかしたらもしかするんじゃないかと思ったくらいカナダは強かった。

 それなのに決勝に進めなかったのは、ちょっとした采配ミスが原因だと思います。つまり速い真っ直ぐの球は今大会、どこのチームでも打てるんです。それなのにカナダは準決勝のアメリカ戦で速い真っ直ぐの球が武器の選手を使ったんです。それでボーンと打たれて負けてしまった。たぶん決勝を意識して、決勝用に変化球ピッチャーを温存していたのだと思います。実際、翌日のオーストラリアとの銅メダル争いにはその変化球ピッチャーが登板しましたから。

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 カナダにはとてもいいピッチャーがいました。ベネッサ・リオペル選手(22歳)です。背が小さいんですけど、指をよくなめてなめてカーブを投げるんです。それがすごくいいカーブで、まっ直ぐとの落差も大きかったですね。
 当然のことながら、マウンドに上がってから指をなめたら違反投球になりますが、ベネッサはキャッチャーからボールを捕ったら後ろを向いてペロペロって指をなめてからマウンドへ上がるんです(笑)。それがすごく印象的でした。海外にはこのようなピッチャーが男女問わず多い気がします。

 今カナダ野球連盟に登録している女子選手は1万606人もいるそうです。まさかそんなにいるとは思わなかったので驚きましたが、そのうえベネッサや、もっと若い世代の選手の育成にも力を入れているそうなので、今後カナダは要チェックだと思います。

日本の躍進を支えた守備力と、平均防御率1.65の驚異的な投手力

 今回日本は主砲の西選手が各国にマークされて、打たせてもらえませんでした。また海外のストライクゾーンは上下左右とも日本より大きいんですが、それに慣れるのに時間がかかったようです。だから予選リーグのアメリカ戦を教訓に、いつもより細かく主審の癖をチェックしていました。おかげで後半になるほど打てるようになり、ストライクとボールの見極めも日本が一番優れていたと思います。

 女子のワールドカップでは各国から女性審判が派遣されることが多いのですが、残念ながらなかには技術的に未熟な審判もいました。でも今回、準決勝と決勝を担当したベネズエラの女性審判マエテさんは、ジャッジ、コール、監督や選手への対応とも見事でした。 

 もともとベネズエラからは各大会においても質の高い男性審判が派遣されることが多いんですが、今回の女性審判も全審判の中で一番良かったと思います。きっとしっかりした育成システムがあるのでしょうね。日本ももっと女性審判を育てるシステムが必要だとも思いました。

 日本チームに話をもどすと、今回は特に投球と守備が素晴らしかったと思います。特にピッチャーのチーム平均防御率が1.65というのは素晴らしいです。よく「四球の数だけ点が入る」と言いますが、日本は四球の数が全試合あわせて12と、とても少なかった。それだけコントロールが良く、また配球もよく考えられていたということでしょう。
 守備のエラーも全試合通してわずかに3つ。9割8分9厘という守備率とあいまって、今回の優勝を引き寄せたのだと思います。

130キロピッチャーの登場が女子野球を変える?

「今回の大会は速球はどこのチームにも通用しないね」
 これがTCたちの感想です。先ほども言いましたが、速い真っ直ぐ、甘いスライダーはみんな打たれていました。逆にとても遅い球がどこの国に対しても有効だった。前回の大会は見ていないのでわかりませんが、松山大会のときは野口霞選手の横にキレるボールなど、有効な変化球もありましたが、速球は速球として通用していました。だからそれだけ速球に対する各国の打力が上がったということでしょう。 (写真、前列右端が橘田さん。TC、審判長、大会実行委員長とともに)

前列右端が橘田さん。TC、審判長、大会実行委員長とともに

 磯崎選手がいい試合を作れたように、ワールドカップで勝つためには緩急があるピッチャーでないと確実な野球ができないんだなあと改めて思いました。それも真っ直ぐとスライダーとカーブ、チェンジアップの3、4段階ぐらいの速さがないといけないと感じました。

 今回はどこの国のピッチャーもストレート120キロぐらいが最速でした。アメリカもカナダもオーストラリアも、もちろん日本も。逆に言うと体格が劣る日本人が外国人選手と同じ速さの球を投げられるわけですから、体の使い方一つとっても、いかに日本の投球技術が優れているかがわかります。

 でも本当に速球は通用しないのでしょうか? そんなことはないと思います。たとえば130キロを投げるピッチャーが出てきたら、もちろん通用するでしょう。そして130キロピッチャーの登場は時間の問題だと思いますし、そういう選手を育てるのが我々指導者の課題だとも思っています。数年後には速球派ピッチャーが競い合う時代が来るかもしれません。

 また130キロを投げる選手が出てきたら、ホームランが出てくるのも時間の問題だと思います。結局速い球を打てば、それだけ飛ぶんですから。

 実は今試合を面白くするために、ホームランフェンスを縮めて女子用のサイズを設定しようという案がIBAFの女子委員会(後述)で出ています。アメリカなど海外の球場はフェンスが高いので、女子の場合、距離もさることながらフェンスに当たってホームランがなかなか出ない。だから外野に可動式のフェンスを並べてホームランを出やすくしようというわけです。でも130キロピッチャーが出てきたら、そんなことをしなくてもホームランが出るのではないかというのが私の考えです。
 

各国の女子野球事情と、これからの日本の役割

 IBAFには女子野球に関する問題を協議する女子委員会というものが存在します。今回のワールドカップでは会期中に様々な国の女子委員やプレゼンターたちが自国の女子野球事情をプレゼンテーションしました。 

大会パンフレット

 たとえばベネズエラは25州のうち19州に女子チームがあり、今年は初めてトライアウトを行って代表チームを作ったそうです。キューバも女子野球が普及し始め、カナダがサポートや指導を兼ねてキューバに出向き、交流戦も行っているとか。プエルトリコは今度女子のトレーニングキャンプを行って選手を発掘したいと言っていました。オランダには女子チームが4つあるそうです。

 台湾は女子野球チームはないのですが、どういうわけか年に1回、女子野球大会が開かれています。香港もまだ女子野球は盛んではありませんが、ワールドカップに継ぐ位置づけの国際大会「フェニックスカップ」を毎年2月に開いています。また、今回大会参加選考に漏れたワールドカップへの返り咲きもねらっています。

 韓国は今回8チーム開催になったことで出場権を得られませんでしたが、これから女子野球に力を入れていくために新たに女子の連盟を作ったそうです。現在のチーム数は軟式もふくめ32。近いうちにさらに十数チーム増えるとも言っていました。韓国は4年後のワールドカップの開催地にも立候補しています。

 こんなふうにたくさんの国々が女子野球の拡大に努力していますが、それでも環境的にも技術的にも女子野球はまだこれからの世界だと感じました。
 
 女子委員会の委員長であり今回のTCのトップでもあったアメリカ人のジャスティン・シーガルさんに聞いても、アメリカですら女子野球が盛んなのは限られた地域だけで、人口も把握できていない状態だそうです。だから今回は代表メンバーの多くがソフトボーラーだったわけです。

左はベティ・ダンさん、右は橘田さん

 ジャスティンさんは「野球は男性だけのものじゃない」という考えから「ベースボール・フォー・オール」という団体を作って世界の女子野球をリードしようとしています。たしかにかつて女子プロ野球があった国ではありますが、現状を見る限り、アメリカが引っ張っていくのは難しいような気がします。(写真左は67年前にアメリカの女子プロ野球でプレーしたカナダ人選手、ベティ・ダンさん。右は橘田さん)

 ではどこがリードするのか。それはやはり日本ではないでしょうか。ワールドカップ3連覇、世界ランク1位、女子プロ野球や学生野球の存在、女子野球人口の増加、技術的レベルの高さを考え合わせると、日本だけ頭一つ抜けていると思います。

 でも残念ながら日本人はまだ「野球は男のスポーツ」という偏見から抜け出そうともがいている最中で、なかなか世界にまで目が行きません。それでも私はそろそろ日本人が世界の女子野球を盛り上げていくんだという自覚をもってもいい頃ではないかと思うのです。

 今、世界中の女子選手の視線が日本に向けられています。プロ野球に限らず、学校チームやクラブチームレベルで交流を求めてきている外国人選手がたくさんいます。
 個人的にはアジアの国々のサポートが必要だと思っています。なぜならスポーツはお金がかかるし、生活に余裕がなければ続けられないものだからです。アジアではありませんが、今回のワールドカップではキューバの選手が数人亡命したと聞きました。世界にはまだまだ安定して野球をすることができない国がたくさんあるのです。

 平和で経済的にも安定し、野球のレベルも高い日本に暮らす私たちは幸せです。日本が先頭に立って世界の女子野球を発展させ、レベルを上げることが、ひいては日本のワールドカップ連覇の価値をも高めるのではないでしょうか。(談)

写真提供/橘田恵 野球場&外国人選手の写真/大会パンフレットより
 

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