女子野球情報 

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特集 第5回女子野球ワールドカップを振り返る 

裏側から見た「Team JAPAN」

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日本女子野球協会・国際担当 山田博子 

やまだひろこ 国際野球連盟(IBAF)や開催国との連絡はもちろん、大会期間中に選手団が快適に過ごせるよう、さまざまな確認、手配を行った。選手のメンタルケアやドーピングコントロールも担当。

開催国によって異なる受け入れ態勢

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 私が選手団に先駆けて日本を発ったのは2012年8月3日のこと。一足早く現地に入って宿舎や練習場所、グラウンドへの輸送手段など、さまざまなことを確認、改善したうえで選手団を迎え入れるためです。

 ワールドカップの開催国は立候補やIBAFからの依頼によって決まります。08年の日本(松山)開催時はIBAFからの打診を受けて、10年のベネズエラ開催は立候補によって、そして今回のカナダ開催はエドモントン市が早い段階からIBAFに立候補していました。

 主催する国の大会実行委員の事情によって、宿舎や食事などは随分と差があります。
 
 今回各国チームの宿舎にあてられたのはホテルではなく、アルバータ大学の寮でした。
 日本チームはその10階を割り振られましたが、寮のエレベーターが何度も止まったので階段での上り下りが辛かったですね。また今年はエドモントンが異常気象ともいうべき猛暑だったのに部屋にはエアコンがなかったので、それも辛かったです。
 部屋は2人一組。部屋割りは選手たちが決めていました。

女子野球ワールドカップとは

 IBAF主催の女子の国際大会で、第1回大会は2004年にカナダのエドモントンで開かれ、以来2年おきに開催地を替えて開催されている。参加国はそれまでオープン参加だったのが、今回の大会から参加できるのはIBAFの女子野球ランキング・ベスト8までのチームになった。今大会は2011年のランキングに基づいて日本、アメリカ、オーストラリア、カナダ、台湾、ベネズエラ、キューバ、韓国のはずだったが、アジアからすでに2チーム出場していること、ヨーロッパにおける女子野球の普及が重要視されていることなどから、韓国がはずされ、かわりに世界ランキング12位のオランダが入った。(図はワールドカップ終了後の2012年のランキング)

宿舎のキッチンでおにぎりやチャーハン、スープを自炊

 食事は寮のレストランでとるようになっていましたが、選手たちは寮に備え付けの大きなキッチンで和食を作ったりもしていました。現地の日本人会の方が炊飯器を数台用意してくださったので、お米やのりを買っておにぎりなんかもよく作っていましたよ。
 この日本人会の方々には、食事はもちろん、試合の応援などでも大変お世話になりました。親身になってサポートしてくださって本当にありがたかったです。

 よく食事を作ってふるまってくれたのは里選手と小西選手。2人ともお料理が好きなんでしょうね。キッチンにホワイトボードがあるのですが、「チャーハンを作ったのでみなさんで食べてね」なんて書いて作り置いてくれました。小西選手は野菜たっぷりスープもよく作ってくれましたね。

 小西選手は食事にものすごく気を遣っていて、出発前から「現地の食事内容を教えてほしい」「日本の調味料って現地にありますか?」とか「緑黄色野菜や根菜、卵なども用意ができたら助かります」という依頼を受けました。選手団に栄養士は同行しませんが、小西選手のおかげでみんな栄養バランスのいいものが食べられたのではないでしょうか。 

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 新谷監督も手料理を作ってくれました。決勝トーナメント進出が決まった夜、白身魚に味つけしてソテーして、みんなに振る舞ってくれたのです。おいしかったですよ。「うちじゃめったにやらないから、カミさんが見たら普段やらないのにって言われちゃうな」なんて言ってみんなを笑わせていましたけど、いよいよ大事な戦いが続くというときに、みんなを気遣ってくれたのだと思います。

 新谷監督に関してはちょっと面白い話があるんです。監督は途中から球場で売っているホットチョコレートを同じ場所(ダッグアウトの決まった場所)に置いて飲んでいたんですが、あれ、験かつぎだったんじゃないかと思うんです。毎日毎日、どんなに暑い日でも熱いホットチョコレートを必ず飲んでいましたから(笑)。もちろんご本人は全然違うよとおっしゃると思いますけど、私はそう思っています。

ノリがいい選手、いつも笑顔の三遊間コンビ。個性色々な選手たち

 選手たちの個性を少しご紹介すると、キャプテンの志村選手は口数は多くなく、背中でチームを引っ張っていくタイプ。彼女が一言ビシッと発言すると、それでチームが引き締まっていました。
 里選手はラテンのノリ。奄美大島出身ということあって音楽が聞こえてくるとノリノリで、一人でも踊っていました。度胸が良く、投球のキレも向こうに行ってからさらに増して、何度もチームの危機を救ったことはご存知のとおりです。

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 副キャプテンの中島選手はオーストラリアのクラブチームでプレーしていたことがあるので、オーストラリアの選手と楽しそうに交流していましたね。ムードメーカーで、ベンチでは人一倍大きな声を出してみんなをグイグイ引っ張っていました。語学ができるのも非常に助かりました。

 秀逸だったのは川端選手、六角選手の三遊間コンビ(写真)。部屋も同じだったせいか、びっくりするくらい仲が良くて、いつ見てもずーっと他愛もないおしゃべりをしては笑っていました。話の内容ですか? 好きなおすしのネタとか(笑)。「私はあれが好き」「私も!」なんて言いながら盛り上がっていました。2人ともものすごく人に気を遣う、やさしい子たちです。

 みんなさすがに厳しいセレクションを経て代表に選ばれた人たちだけあって、セルフコントロールがきちんとでき、人にも気配りできる人たちでした。明日は先発しないとわかっている選手は、率先して洗濯をしたり雑用をしたりしてチームを支えていました。寮の洗濯機の数に限りがあるので、洗濯一つとっても大変なのですが、嫌な顔一つせずにやっていたのはさすがですね。直井、磯崎、新宮、六角、大山、出口、吉井、三浦選手など、若い選手は特によく働きました。

海外でも知名度抜群のキャッチャー、西選手

 キャッチャーの西選手は外国の人たちにものすごく尊敬されているんです。外国の人はうまく「ニシ」と言えずに「ニチ」って言うんですが、選手はもちろん、監督コーチにも「ニチ、ニチ」と呼ばれて話しかけられていました。私はオーストラリア選手のお父さんに「うちの子はニチにすごく憧れているんだ」って言われました。大きな体を生かしたパワフルな打球、グラブさばきなど、外国人が見ても素晴らしいんでしょうね。

 そんな西選手のライバルがアメリカのタマラ・ホームス選手(38歳)。西選手もタマラ選手もそれぞれの国の主砲なので、お互いにライバルと認め合う仲なんです。そんな2人には、今回、美しいエピソードがありました。

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 2人は前回のベネズエラ大会でホームランを打って競い合いました。結果としてホームランの数が多かったタマラ選手がホームラン王の称号をもっていきましたが、お互いの健闘を讃え、また尊敬の気持ちをこめてユニフォームの交換をする約束をしていたんです。
 が、決勝戦を終え、表彰や記念撮影、インタビューと目が回るほど忙しいなか、タイミングを逃し、その約束を果たすことができませんでした。

 でも今大会で2人はその約束を果たすことができたのです。
 リーグ戦に引き続き決勝でも顔を合わせることになった2人は、おそらくどちらも絶対に負けないという強い気持ちで試合に臨んだと思います。特に予選リーグではタマラ選手が打った三塁打1本、二塁打2本がアメリカ勝利の決め手になりましたから、西選手の思いは特に強かったのではないでしょうか。

 そのせいか、5回裏、西選手は果敢に一塁にヘッドスライディングをしたのですが、そのとき古傷の右ひざを痛めてしまいました。すると試合の後、痛みで動けない西選手のもとにタマラ選手がやってきて、足の具合を気遣いながらユニフォームの交換を申し出たのです。タマラ選手の仕事は消防士。人の生死に関わる仕事をしているので人間的にとても素晴らしく、私も大好きな人なんですが、そんな彼女の言葉を受けて西選手もユニフォームの交換に応じました。その2人の姿を見て、心の中があたたかいもので満たされるのを感じました。国際試合のいいところは、こんなふうに海外の選手と友情を育むことができるところでしょう。

毎晩宿舎に現れた「大倉治療院」。心身のケアは万全

 予選で唯一敗北したアメリカ戦。球審のジャッジが日本に厳しかったという声がありましたが、選手たちはあまり気にしていませんでしたね。「あれ真ん中だったと思うんだけどなあ」とか「あれはちょっと」なんて冗談めかして言うことはありましたが、それをあとに引きずることはありませんでした。ワールドカップ経験者が何人もいましたから、アウェーなんだから過剰反応するな、というふうにドーンと構えていましたね。

 体のメンテナンスに関しては前代表監督で、現協会理事長の大倉孝一さんがしっかりサポートしてくださいました。大倉さんの普段のお仕事はスポーツトレーナーおよびトレーナを育てる指導者です。
 夜になると選手たちが「大倉治療院」と呼ぶコーナーが必ず寮のラウンジに現れるんです。治療用ベッドと治療器具が用意されていて、壁に張ってあるホワイトボードに選手たちが名前を書いていくと、その順番に従って大倉さんがマッサージなど、選手の体のケアをしてくれるんですね。1人ではとても手が足らないので現地の日本人トレーナーの方にもお願いして、2人態勢でやっていました。大倉さんはそのほかにもチームをまとめるために、さまざまな場面で気配りをなさっていました。

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 私はチーム付きの唯一の女性スタッフで、選手と近いところにいましたので、選手のさまざまな悩みを聞き、具体的な対策がとれるものはすぐに動きました。

 ドーピングコントロールは特に気を付けていました。アマチュアスポーツの世界でもオリンピックやワールドカップなどの大きな大会では必ずドーピング検査(尿検査)をしますが、通常は決勝トーナメントに入ってからの試合や、メダルがかかっている主要な試合のあと、2人ぐらいを抜き打ちで検査します。ですが今回は宿舎に到着してすぐに、2人検査に連れて行かれました。誰を検査するか決めるのはドーピングコントロール委員会で、試合終了までにドーピング対象選手が私に告げられ、試合後に私が選手に通達します。選手はみなそれを知っていますから、試合のあと私が近づくと、みんなキャーキャー言って逃げ回るんです。選手には申し訳ないですが、それがとても面白かったです(笑)。

 今回の選手団は本当に仲がいい、まとまりのあるチームだったなって思います。もともと代表というのは選ばれて解散するまでの期間が短いですから、いじめのような問題は全然ないんですが、今回は特に仲が良く、選手同士が労わり合って、見えないところでも助け合っていたと思います。空港ではみんな「寂しい寂しい」と言って別れを惜しんでいました。みんなと凝縮した日々を過ごしていたので、私自身も寂しかったです。

 
 選手のメンタルケアといいながら、選手に常に励まされていたのは私のほうだったかもしれません。「博子さん、疲れてないですか? 寝てますか? ご飯食べてますか?」と多くの選手が声をかけてくれました。3連覇を達成できたのは、そんな思いやりのあるチームだったからこそと思っています。 (談)


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