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企業チーム「アサヒトラスト」に密着取材

特集 2012年2月7日
 “会社で野球をする”って、どんな生活?

企業チーム「アサヒトラスト」に密着取材

東京都荒川区のアサヒ産業本社

女子野球界初の企業チームは強豪チーム

 2007年4月、日本初の企業チームとしてスタートした「アサヒトラスト女子硬式野球部」。

社内には女子野球関連の写真や記事がたくさん張ってある

 精密機器の運送やリサイクルなど複数の事業を展開する東京都荒川区のアサヒ産業㈱が運営し、09年には女子硬式野球の三冠(「全日本女子硬式野球選手権大会」「全日本女子硬式クラブ野球選手権大会」「ヴィーナスリーグ 秋季リーグ」)を達成した。チームには日本代表経験者が何人もいるなど、常に優勝を狙える強豪チームだ。

 同じ社会人チームでもクラブチームが有志によって作られ、道具やユニフォーム代、交通費などは全て自己負担、グラウンドの手配も自分たちでやるのに対し、企業チームは野球をすることが前提で採用された社員で構成され、野球にかかる費用のかなりの部分は会社が負担。グラウンドなどの環境も整っているのが一般的だ。
 簡単に言えば「お給料をもらいながら整った環境で野球ができる」、うれしいチームなのだ。

専用バスと支給される道具

 アサヒトラストもボール、バット、ヘルメット、捕手道具、公式戦用ユニフォームなどは会社から支給され、茨城県つくば市に専用グラウンド、埼玉県三郷市に室内練習場をもつ。移動には専用バスを使い、遠征費の約7割は会社が負担。希望すれば09年に完成した寮に月2万円(賄いなし)という格安な値段で入ることができる。
 アサヒトラスの場合、アサヒ産業の社員は4人しかいないが(12年2月現在)、社員以外の社会人もチームに参加でき、社員と同じ練習環境、条件でプレーできる。

木曜日は自主練の日。社員選手の一日に密着

 アサヒトラストの選手で社員の皆さんを紹介しよう。

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 写真左から副主将の長沼由香里選手(入社5年目、自宅から通勤)、有坂友理香選手(入社4年目、寮で生活)、藤澤聡美選手(入社2年目、寮で生活)。藤澤選手が着ているのが制服で、有坂、長沼選手がスラックス姿なのは、体に合う制服がなかったからだそうだ。このほか社員選手には入社4年目の小高夏菜選手(自宅から通勤)もいる。

 では社員選手の一日を追いかけてみよう。モデルになってくれたのは11年春と秋のヴィーナスリーグ・ベストナイン(内野手)で第11期女子野球日本代表候補の有坂選手(21歳)だ。

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8:30 出社
社屋は寮の目の前なので
出社が楽。出社前にラン
ニングをすることも

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8:35 掃除
窓拭き、拭き掃除など、
みんなで手分けしてオフ
ィスをきれいに

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9:00 朝礼
上司の言葉に耳を傾け、
「今日も一日よろしくお
願いします」と礼

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9:05 仕事開始
伝票整理やPCへのデータ入力など
事務全般をこなす。無駄口はきかず
仕事に集中

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12:00 昼休み
昼食は外食以外に寮で自炊も可能。この日は
社長から差し入れられた手料理(豪華ステー
キなど!)をいただく。よくあることだそう

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13:00 仕事再開
寮でジャージに着替え、職
場へ。見慣れた光景なのか
他の人はノーリアクション

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16:00 仕事終了
「早く練習に行きなさい」
と三橋社長が促す。気がね
なく野球に行ける雰囲気

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16:10
室内練習場へ
会社の車に道具を積
み、埼玉県三郷市へ

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16:30 軽食タイム
コンビニで買ったサンドイッチで軽く
腹ごしらえ。「今食べておかないとも
ちません」

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16:45 室内練習場到着
練習場はスペースの有効利用のため、女子
野球部とアサヒ産業が経営する「野球塾」
(小中学生対象)が共用している

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17:00~19:40 自主練習
この日の有坂選手のメニューはランニング、ストレッチ、キャッチボール、投球練習、バ
ッティング練習。投球フォームはヘッドコーチで「野球塾」の指導者でもある元プロ野球
選手・岡部憲章さん(右上)がチェック。下半身の使い方が格段にうまくなったとか。19時
過ぎには日本代表経験者で第11期日本代表候補の志村亜貴子主将などが合流(右下。左端
が志村選手)。志村選手のように社員でない選手は自分の仕事のあとに来る

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19:50 帰路につく
社員組は後片付けをし、有坂、藤澤選手は約40分かけて寮に帰る。夕食は藤澤選手が作る
ことが多いとか。好きな本や音楽を楽しんで、就寝は1時過ぎることもあるそうだ

社員選手の練習スケジュール

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毎週木曜日は埼玉県三郷市の室内練習場で自主練習が義務付けられている。室内練習場は木
曜日以外も使うことができ、一人で練習に行く選手も多い。土日祝日はつくば市の専用グラ
ウンド(写真左)で終日全員による練習。写真中央は高野勝監督、右は須賀昭彦野球部部長

 いかがだったろうか。プロのように朝から晩まで野球漬けではないし、これが企業チームとしてベストな環境というつもりもないが、雑事に煩わされることなく野球に打ち込める環境といえるだろう。特にアサヒ産業社長の三橋淳志さんが関東女子硬式野球連盟の会長を務めているため、会社全体の雰囲気が女子野球に好意的なのが何よりありがたい。

社員選手の道を選んだそれぞれの理由

 社員選手の皆さん(全員が高校女子硬式野球部出身)にアサヒトラストに入った理由を聞いてみた。
「大学進学の道もあったんですけど、勉強したいことがなかったし、高校が私立で親に経済的な負担をかけたので、また大学に行って負担をかけるのにためらいがあったんです。それに学校の先生に、練習環境が整っているし、いい会社だからと勧められて」(有坂選手)

長沼選手(手前)と藤澤選手(奥)も事務を担当

「高校を卒業したあと専門学校に行き、中退後は働きながら群馬県の社会人硬式野球チームに入ったんですけど、女子はマスコット的な扱いでした。それでもう一回選手として挑戦したいと思っていたとき、このチームから誘いがあったんです。
 野球と仕事を両立するのは難しいので女子で正社員の人って少ないんですけど、企業チームなら正社員でやっていけるし、社会人として身につけるべきことも教えてもらえる。ありがたいと思います。このご恩は野球で返すって思っています」(長沼選手)

「高校の野球部でレギュラーになれなかったので、まだやめられないっていう思いがありました。でも高校は私立で親に経済的な負担をかけたので、また大学に行って負担をかけたくなかったんです。アサヒトラストは環境が整っているし正社員だし、野球をしながら親に恩返しをするには理想的だったので志望しました。実家には仕送りをしています」(藤澤選手)

「大学進学と就職とで悩んだのですが、私立高校に行って親にとても負担をかけてしまいましたし、何より働きながら野球ができるということが魅力で入社しました。アサヒトラストは練習環境や施設がとても整っていますし、社長をはじめ社員の方々がとても応援してくれるので野球に集中することができます。本当に入ってよかったと思っています」(小高選手)

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アサヒ産業の三橋淳志社長に聞く

「アサヒトラスト Q&A」

Q1 チームを作った理由は?

 某専門学校女子硬式野球部監督だった須賀昭彦(現在はアサヒトラスト野球部部長)が、「クラブチームを作りたいので何社か共同で援助してくれないか」と相談に来たことがきっかけです。早速年間にかかる費用を試算したら、うち単独でバックアップできる金額だった。それでチームを作ることにしたんです。たまたま新規事業を立ち上げるところだったので、その部門に社員として選手を4人採用しました。
 また男子は優れた選手ならプロに行けなくてもノンプロや大学から誘いが来ます。女子にもそういう選択肢を与えてあげたいと思ったのがもう一つの理由です。

Q2 運営にお金はかかりますか?

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 5年間やってきた実感は、思ったより少ない額で運営できるということです。うちの場合、何千万円もかかるというようなことはありません。
 また、うちは専用グラウンドと室内練習場をもっていますが、どちらも既存のものを買い取ったので、一から作るような大きな出費にはなりませんでした。さらに施設の有効利用のために使わない時間は人に貸したり、小中学生対象の「野球塾」を開くなどして少しでも利益を生む努力をしています。

Q3 選手の待遇は?

 給料や有給休暇など、労働条件は他の社員とまったく同じです。ただ終業は通常17時ですが、自主練習を義務付けている木曜日は選手だけ16時にあがりますし、大会前1週間は午前中で仕事を切り上げて午後は練習です。また3泊4日でつくばに合宿にも行きますが、野球で不在の時間はすべて出社扱いです。
 選手には「野球が本分。そのために働いていると考えなさい」と言っています。ただし「野球人である前に社会人であることを忘れるな」とも言っていて、選手たちは皆それをよく守っているので、他の社員も好意的に受けとめてくれています。夏の松山で行われる全国大会(全日本女子硬式野球選手権大会)には、社員旅行というかたちでみんなで応援に行っています。

Q4 メンバーを全部社員にすることは考えていますか?

 残念ながら退職者が出たら社員を補充するという状況なので、現時点ではできません。

来客があればお茶出しも。

Q5 企業チームの役割は?

 生きていくうえで大切な「経済的基盤」、野球を続け上達するうえで大切な「整った練習環境」を選手に提供するのが第一ですが、それだけでなく、選手や施設を生かしてイベントや大会を開くなど、クラブチームや学校チームとは違ったかたちで地域に貢献することができます。そしてそれが女子野球の知名度をあげることにもつながると思っています。

Q6 企業チームが増えることを望みますか?

 もちろんです。女子野球がもっと世の中の人に認知されれば自然と増えると思っています。うちはユニフォームの袖に「東京」ではなく「荒川」と縫い取りをして荒川区をPRしているのですが、おかげで区長をはじめ地域の人たちにはずいぶん応援してもらっています。そんなふうに地域密着型の企業チームが増えたら、もっと女子野球が盛り上がると思います。ご希望であれば私たちの女子チーム運営のノウハウをお教えするので、ぜひ他の企業さんにもチームを作っていただきたいですね。

増加する女子野球人口と、求められる企業チーム

 2012年2月現在、女子硬式野球部をもつ企業はアサヒ産業と佐川急便(東京都江戸川区)の2つしかないが、大変な勢いで女子野球の底辺が拡大している今、その受け皿となる企業チームが増えなければ女子野球の未来は明るいとはいえない。また女子ソフトボールがたくさんの企業に支えられてオリンピックで金メダルを取ったことを思えば、女子野球も企業の支援を得ることでもっともっと発展できるのではないだろうか。

 今や女子硬式野球界でアサヒトラストの名前を知らない人はいないだろう。野球を愛する経営者の皆さんには、強いチームを作れば会社の知名度が上がるというメリットに目を向けていただき、ぜひ会社と選手と女子野球の発展のためにチーム作りを検討してほしい。


アサヒトラストの寮を拝見

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左/寮外観。自販機の隣が入口。 中/3階にある個室は約10畳。トイレ、洗面所は別。 右/洗面所とシャワールーム(左)。風呂は別棟にある。

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左/キッチンもあって自炊可能。 中/翌日の練習に備え、金曜日になると選手が泊まり込む2階の和室。 右/2階にあるロッカールーム。

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