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大倉孝一監督の「勝利の方程式」

特集 2014年8月11日

 第6回女子野球ワールドカップ日本代表

大倉孝一監督の「勝利の方程式」

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※このインタビューは2014年6月に行ったものです。

ライバルはどこの国?

――今回参加する日本以外の7カ国の情報は入ってきていますか? また対策は練っていますか?
大倉  いやいや、情報はほとんどないですね。たとえばベネズエラがどういうチームを編成してくるのかなんていうことは始まってみないとわからないし、アメリカだって全米から選手を集めているのか一部の地域からしか集めていないのかもわかりません。選手一人ひとりの情報もほとんどありません。だから相手の特徴をつかんで細かく戦略を立てることは難しいんです。

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 逆にいえばそれだけ女子野球の環境は世界的にもまだまだで、若手を入れてベテランがサポートして、みたいにシステマチックにチームを編成できる国はほとんどないんじゃないでしょうか。

――女子野球の4強といえば日本とアメリカ、カナダ、オーストラリアですが、日本にとってライバルはどこですか? たとえば前回カナダが日本的なスモールベースボールをして、細かいプレーもしっかり練習してきて、みんなが「カナダ強い」と驚いたと思うのですが。
大倉  僕にとっては、やっぱりライバルはアメリカなんですよ。アメリカの選手はほぼ全員、ものすごい爆発力を持っていますから。何か糸口を与えてしまうと、とてつもない破壊力を持っているような気がして。だからそれに対して日本がいかにミスをしないか、爆発させないようにするか、考えながらチームを作っています。

――つまり今までは爆発させなかったから勝ってきた?
大倉  そうですね、日本が3連覇する前はアメリカが勝っていましたから。そのうえ爆発力のうえに機動力を絡めてきたりするので、すごい選手でチーム編成ができたらいろいろな野球ができる可能性をアメリカは秘めている。怖いチームだと思いますね。

――アメリカの監督は毎回同じなんですか?
大倉  いいえ。前々回のベネズエラ大会と前回のカナダ大会は違う監督でしたし、今回も代わったらしいですよ。

世界で勝つために必要なこと

――世界で勝つためには何が必要なんでしょうか。
大倉  僕が思ってるのは、いろいろな引き出しの準備をしておくということです。「何が必要か」ではなくて、「どれも必要」ということです。
 日本の代表選手は大きなミスをしないし、ボールをとって投げるという基本的なテクニックは高いものをもっている。だからまず守備ならフォーメーションやサインプレーなどの精度を高めていく。ピッチャーならカウントをそろえられるようにする。攻撃は基本的には機動力ですね。長打も打てればフォアボールも選べる、右へ転がすこともできる、エンドランもできる、セーフティもできるっていうように、何でもできるようにしておきたい。
 そうするとどんな状況に対しても色々な方法で得点していくことができる。三番、四番、五番が打てなかったらなんにも手の打ちようがありませんっていう、これが一番危険な状態だと思っているのです。

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――やっぱり打てる、走れる、守れる、オールラウンダーがほしいということですか?
大倉  はい、いくら打てても守れない選手は日本代表には入れないということです。もちろんほかの監督さんはまた別の野球をされるでしょうけど、僕はそういう考え方です。
 とにかく選手は20人しか入れないんですよ。そうすると各ポジションにリザーブを一人ずつ置けないわけだから非常配置をせざるを得ない。それを見越した人選になりますね。

――この選手はここが優れているといった情報は色々な人からもらうのですか?
大倉  聞くこともありますけど、やはり最後は自分で判断します。トライアウトがあって、何回も合宿をしてきて、そうすると「あ、この選手はここまでできるから、こういうところで仕事をしてもらおう」とか「この選手を何番に入れたらどういうふうにチームが機能するだろうか」っていうことはずーっと考えながら見ていますから。それで最後に必要なことをギューッと絞って決めていく。

――チームの構想はかなりできているのですか?
大倉  まだまだ考える余地があると思います。誰を四番にするのがいいのか、この選手をここに入れたほうが打線のつながりがいいのかとか、選手の調子を見ながら試合直前まで考えるでしょうね。
 というのも、たとえばうちにはすごく打つバッターがいる。でもたった6試合の間でガンガン打つかどうかなんて誰にもわからないんですよ。それともう一つ、そんなことを期待して野球をやっていたらとんでもないことになってしまうので、この選手はこのくらい打ってくれるだろうと計算する野球は、僕は絶対にしないんです。どんなにいいバッターでも打たないと思って、では何をすればいいかっていう引き出しを用意したいわけです。

――前回のカナダ(エドモントン)大会では外国の強打者に対して磯崎由加里さんの変化球がとても有効でした。やはり相手の打ち気をかわしてストライクをとる変化球投手が要になってきますか?
大倉  いや、向こうのバッターがどんな選手なのか情報がないのでなんとも言えませんね。前々回のベネズエラ大会のときには、その変化球をオーストラリア打線にガンガン打たれましたし。

ホームランが出ない女子野球の勝ち方

――女子野球は男子と同じグラウンドを使うのでパワーの面でホームランがまず出ません。ワールドカップでは時々出るとはいえ、ランナーがないところから得点できるとか一発逆転ということがまずない。そういう中での勝ち方とは?

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大倉  塁に出られなければ勝てないということです。次々塁に出ることができないと、勝てないというよりも勝つ確率が高くならないんですね。
 では塁に出るためには何をすればいいか。選手には「ヒットでしか塁に出られないと思っていたら負けるよ」って言っています。打てなくても塁に出るためにはボールの選び方(ストライクとボールの見極め方)を知らなくちゃいけないし、カウントを考えなければいけない。追い込まれたらそこからファールが打てなきゃいけない、というようなことを具体的に教えています。

――走塁も?
大倉  それも一つですけど、何かをあえて動かさなきゃいけないのではなくて、塁に出たら次の人も塁に出りゃいいんです。また同じことを繰り返せばいい。そうすると一、二塁ができるわけです。

――そういう話をうかがっていると、やっぱり日本はホームランが出にくい女子野球の勝ち方をよく知っているなと思います。
大倉  なので、なんとかここまで3連覇できたんだろうと思います。

審判へのアピールも戦略のうち

――大倉監督は試合中、そんなことにまで? というくらいマメに審判に確認とか抗議をなさいますが、それはなぜですか?
大倉  その時々によりますけどね。たとえばストライク、ボールの判定に疑問があったり、向こうのバッターがうちのキャッチャーが投げるのを邪魔しようとしたのが見えたときでも、全部スルーするときもあるし、逆にしょうもないことで出ていくときもあります。

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 言葉が通じているかもわからない外国人の審判に色々言ってもあまり意味がないかもしれないのですが、相手が有名な審判であろうが誰であろうが、このワールドカップは日本の大倉監督がリーダーシップをとっているんだ、全体に話ができる立場にいるんだっていうのを見せたいという計算があるのです。
 うちの選手たちにも、この人は誰に対してもちゃんとものが言える人なんだなと安心感をもってもらうためでもあります。もしよその国が何か言ってきたときにこっちが何も言わなかったら、彼女たちがどう感じると思いますか?

――ワールドカップでは往々にして首を傾げたくなるようなジャッジがあるそうですが、やはり女性審判のレベルはまだこれからなのでしょうか。(女子野球ワールドカップは女性が審判を務める)
大倉  というよりも、ストライクゾーンのレベルなんてワールドカップの場合は統一できないんですよ。そもそも日本とアメリカのストライクゾーンの感覚だって違うんですから。それをいちいち「なんで今のがストライクなのよ」なんて言っていること自体間違いで、ストライクゾーンが違うなんて当たり前だよ、というぐらいタフじゃないとワールドカップでは戦えないんですよ。

大倉流、代表チームのメンタルコントロール

――メンタル面の強化はどうやっているのですか?
大倉  僕が関わっている時間の中でメンタルをどうにかするなんて、とてもじゃないけど無理なんです。ジャパン候補を選出してから開催までの間に僕が彼女たちと過ごす時間は十数日なんですよ。たったそれだけの時間でメンタルを強化するとか、彼女たちのメンタルを見極めるなんてできないんです。

 なので、メンタルが強いとか弱いとかではなくて、お前には何をしてほしいか、お前の仕事はこういう仕事なんだ、それに対して失敗しようが思うようなプレーができなかろうが、それはかまわないんだ。ただ自分の役割を理解してやるべきことを集中してやってくれっていうアプローチを僕はかけるんですよね。
 短期の選抜チームですからじっくりチームを作っている時間はない。だから一人ひとりの長所を見極めて役割分担を明確にし、それをみんなで共有することによって最大限の力を発揮させる。同時に失敗してもいいんだといって安心感を与えるのです。 

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――実際にどんな声をかけるのですか?
大倉  僕は全部ゲームを計算していますから、試合に入る間に冷静に状況を判断して、「本番はこういう事があるぞ。その時に俺はこういうサインをお前に出すからな。そのときはそれを思い切ってやることだけに集中してくれ。で結果失敗でもそれはかまわんから」と。

 ピッチャーには「お前は外のまっ直ぐでストライクをとってくれればいいんだ。それがもし打たれても、それで行けと言ったボールでフォアボールになっても、それは全部OKだと。ただ、それをずっと何回もやり続けることだけはしないでくれ。俺はそれ以上手を出すことはできないんだから、そこでどれだけ踏んばれるかはお前に任せるからな」というふうに言います。

 あと、一人ひとりにその役割を伝えつつも、ベンチにいる人、いない人、試合に出ている人、出ていない人、全員に役割があるということも伝えています。要するにチームをベストな状況にもっていくまでが僕の仕事なんですよ。なので、その力を試合で結集するのがお前たちの仕事なんだよっていうことも伝えています。

――試合環境によってもメンタルは左右されると思いますが?
大倉  僕が意識してることは、僕たちがどうにもできないことは、もう放っておけということです。たとえばさっき言った審判の技量なんて、僕たちはコントロールできないじゃないですか。今回は日本だからいいんですけど、海外のグラウンドの芝生やファールグラウンドの状況も、僕たちにはコントロールできないわけです。ホテルもそうです。食事が口に合わなかろうが空調が悪かろうが、そんなことで自分をコントロールできないようじゃ、世界と戦える選手とはいえない。そういう人はここにいてもらっちゃ困る、ということは選手にも伝えています。

――選手にはずいぶんマメに言葉をかけているのですね。
大倉  伝えなきゃいけないこと、やっておかなきゃいけないこと、準備しておかなきゃいけないことは、もうあらん限りの言葉で僕は伝えます。やり残しが嫌なんですよ。それで試合のときはほとんど何も言わなくてもいい状態にしている。「のってますか? 準備はできてますか?」ぐらいの感じで(笑)。逆にそれだけでも僕の言わんとすることが伝わるようにしておきたい。

女子選手の動かし方

――女子野球の取材をしているとよく聞くのが、女の人はきつく叱ってへこませると、試合中ずっとその気持ちを引きずってしまうということですが、監督は選手の気持ちを楽にするように心がけているのですか?
大倉  もちろんです。女性はすぐ落ち込む、すぐ引きずる、で、それを誰かに聞いてほしい(笑)。落ち込んだ選手を放っておくと、どんどん負の連鎖が始まっていくんです。下手したら試合中ずっと泣いている子がいたり、それを「大丈夫?」なんていってかまう子が出てきたり。そうするともう試合どころじゃなくなるし、そういう中でグループができてしまうことも知っています。だからさっきも言ったように安心感を与えるようにしているのです。

 それと僕の選手に対する気持ちは「よく来てくれた」なんですよ。本人自らジャパンに入りたいと思って来ているのはわかっているんですけれど、それでも僕の立場からしたら、「お前よく来てくれたなあ」なんです。だから失敗しても「なんで今失敗したんだ」というようなアプローチにはならないんです。ミスが起こるのは全部僕の責任なんですよ。だからまずは「いいんだぞ」と。「俺はお前に来てほしいと思ったからここにいてもらって試合にも出すんだから、何も心配しないで思う存分やってくれ」って言うんです。
 せっかく一緒にやってきた時間が、落ち込ませることによって無駄になる。それが僕はいちばん惜しい。

――男子の指導をするときも同じですか?
大倉  そうですね。

――なんでそういう発想が出てきたのですか?

毎回トライアウトをサポートしてくれる駒澤大学硬式野球部の皆さん

大倉  たぶん女子野球と出会ったことが大きな転機になったと思います。僕は33歳から37歳まで社会人野球チームのコーチでしたけど、「俺の言うことを聞け。俺が教えてやっているんだ」って、はなっからそういう立ち位置で指導していた。

 それが15年前に「女子野球のセレクションを駒澤大学のグラウンドでやるんで、一日でもいいから手伝ってくれないか」と、当時代表選手のセレクションを行っていた日本女子野球協会の人に言われて嫌々行ったんですよ。「いいよ、女子とか子どもの野球は」なんて思いながら(笑)。でも初めて女子の野球選手を見たときに、「あ、これだけ一生懸命やっている女の子たちがいるんだ。だったら僕が手伝えることは手伝ってあげたい」と思った。それからさっき言ったようなアプローチの方法を勉強したわけです。

――女子選手が大倉監督を変えた?
大倉  ほんとにそうなんです。だから昔一緒にジャパンでやっていた選手に会うと、「お前たちからいろいろなことを教わったよ、いろいろなことを感じたし」なんて話すんです。

チームワークの作り方

――チームワークはどうやって作っているのですか?
大倉  僕はなんでもゲームにしちゃうんですよ。たとえばウォーミングアップのときってだいたい4列になるでしょう。並んだ一列一列を班にして競争させて、ドンケツの人が一番多かったところに罰ゲームをやらせるわけです。それをやると、それぞれの班の人たちは「頑張ろうね、あなたちゃんとやってよ」って、もうチームになるわけです。そして翌日はメンバーをシャッフルして同じ事をやらせる。するとその日はまた新たなチームができるわけです。

 チームワークを作るのって言葉じゃないんですよ。「一つにならなきゃいけないんだ。みんなが助け合わなきゃいけないんだ」なんていう言葉を聞いても、「はいそうですね」とはならないんです。一人ずつが同じ班の人間として走る、バトンを渡していく。そのほうがよっぽど気持ちがつながるんです。
 たからご飯食べるときとか、いろいろな機会にゲーム的なことをします。みんなに出し物を考えさせることもありますね。

――ここまでは選手のメンタルの話をうかがいましたが、監督ご自身も代表チームの監督を務めることにストレスを感じませんか?
大倉  日本でやるということにはすごいプレッシャーを感じますね。たとえば外国でやるなら「じゃ行ってきます」っていって試合をしてくればいいので気持ちが楽ですが、日本だと連盟の人、(開催地の)宮崎市や合宿をさせていただいた土地の役所の人、放送局の人、カメラマンといったお世話になった人たちの顔や思いが全部浮かんでくるんです(笑)。

――08年の松山大会の時も大倉さんが監督をなさいましたね。
大倉  まあきつかったですね(笑)。松山のときは人生で一番といってもいいくらいにプレッシャーがありましたね。勝って楽になるというのはそうそうないことなのですが、このときばかりはホッとして涙が止まらなかったですね。

――では今度も?
大倉  まあ松山のときよりは僕もレベルアップをしていると思うので、落ち着いてやりますよ。本当にできるかはわからないですけど(笑)。

■ 大倉孝一 ■

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1962年岡山県倉敷市出身。玉島商業高校、駒澤大学を経て日本鋼管(現JFE)で捕手としてプレー。96年から同チームのコーチを務め、01年から女子野球日本代表チームのコーチとなる。監督就任は06年の台湾大会から(準優勝)。08年の松山大会、10年のベネズエラ大会でチームを優勝させたあと監督を退くが、14年の宮崎大会から再び代表チームの指揮をとる。倉敷市でスポーツトレーナーの育成やフィットネスなどの事業を展開するほか、14年4月から環太平洋大学女子硬式野球部の監督も務めている。

※写真は2013年12月のトライアウトのときのものです。

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