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女子の規定part2

特集 2020年6月22日

 もっと楽しく安全に。女子野球の規定を考える 

part2 女子野球にも柵越えホームランを

2018年の第8回女子野球ワールドカップ(開催地アメリカ)で、ホームランを出やすくするために外野に設置されたシートフェンス。

※この記事は2020年1月3日に「ベースボール・クリニック ON LINE」(ベースボール・マガジン社)に掲載されたものです。

柵越えホームランが出にくい女子野球

「おー! また打ったよ」
 大阪ベストガールズのスラッガー、新谷早琴選手の決勝2本目の柵越えホームランに、観客はどよめいた。打球は外野に張られたネットフェンス(両翼70m、中堅85m、高さ約1m)を軽々と超え、新谷選手は大歓声のなか、ホームを踏んだ。

 2019年の女子児童の全国大会「NPBガールズトーナメント」(全日本軟式野球連盟とNPBの共催)で、大阪府代表、大阪ベストガールズは、新谷選手の2本をふくむ4本の柵越えホームランを放って初優勝した。
「野球は打たなければ面白くない。2ストライクまではフルスイング」が同チームの合言葉。19年はその打撃で、遂に念願の優勝をもぎ取った。

 しかし柵越えホームランに沸く光景は、女子野球では中学以降、ほとんど見られなくなる。外野に置いたフェンス、つまりホームランを出やすくするための「ホームランライン」がなくなってしまうからだ。
 
 16年に始まった全軟連主催の女子中学生大会は外野フリー(ホームランラインなし)だし、軟式の全国組織、全日本女子軟式野球連盟が主催する大会には、約30年前に定められたホームランラインがあるが、実際にはフェンスが置かれないため、外野フリーだ。

 例外的に軟式の全日本大学女子野球連盟が主催する大会と、大学とクラブの全国大会優勝チームによる頂上決戦「ジャパンカップ」では、立派なクッションフェンスが設置されるため、柵越えホームランが出て盛り上がる。

 女子硬式野球は、中学生から大人まで一般(男子)と同じ距離の塁間、投本間、外野フリーという規定でプレーしているため、さらに柵越えホームランが出にくい。
 だから女子野球でホームランといえば、たいていランニングホームランを指す。

 そもそも男子よりパワーがない女子が、男子の規格で作られた球場でスタンドインのホームランを打つことは昔から想定されておらず、1942年にできたアメリカの女子プロ野球(映画「プリティ・リーグ」でお馴染み)や、1950年にできた日本の女子プロ野球でも外野はフリーだった。

 日本に初めて「女子も柵越えホームラン」の意識を持ち込んだのは、約40年前(1978年から83年ごろ)に活動していた軟式の全国組織「日本女子野球協会」で、82年に北海道で行われた第4回全国大会では、今より大きなサイズのホームランラインが設定されている(表参照)。

女子野球のグラウンドサイズとホームランライン

 残念ながらその大会で柵越えホームランは出ず、また連盟が短期間でなくなってしまったからか、「女子も柵越えホームラン」の意識は定着しなかった。

もっと柵越えホームランを。女子プロ野球の努力

 男子野球人口が年々減少していることに危機感を覚えた野球連盟は、近年、女子野球の振興に乗り出している。全日本軟式野球連盟は2013年に、「将来母になる子どもたちに野球の楽しさを」といってNPBと一緒に女子児童の全国大会(前述)を作り、16年には女子中学生の全国大会を作った。傘下の野球連盟に働きかけて県代表チームを作らせたことで、競技人口は急速に拡大し、女子プロ野球(2014年からは企業野球)や、ワールドカップ6連覇中の女子野球日本代表の存在が、その動きに拍車をかけた。

 しかし人気競技かと聞かれれば、まだその域には達していない。男子野球を見慣れた人たちからは、「スピード感やパワーがない」「柵越えホームランやクロスプレーが少ないから、スリリングじゃない」という言葉をよく聞く。

 確かにホームランが出にくいからか、軟式も硬式も足を生かした攻撃をよく見るし、記憶に残るスラッガーも少ないような気がする。チーム事情があるとは思うが、もっと打撃戦や一発逆転のシーンを見たい。

 そんな現実に直面し、柵越えホームランの必要性を誰よりもリアルに感じてきたのが、2010年にリーグを始めた日本女子プロ野球機構だ。初年度のホームランはゼロ、2年目は2本という結果に、なんとかしてお客に喜んでもらおうと、3年目の12年にわかさスタジアム京都の両翼に90mのラッキーゾーンを設け、14年には反発力の高いボール(規定内)に替えてホームランを出やすくした。
 
 こうした努力のおかげでホームランの数は増え、それに伴って14年から18年まで、客足も右肩上がりに伸びた。19年の柵越えホームランは15本。そのうち14本がわかさスタジアムで出たという。

「でもホームランが増えたのは、選手の力量が上がったからでもあります」
 と、女子プロ野球の監督を歴任し、統括ヘッドコーチも務めた松村豊司氏は言う。
「投手の球速が上がったので打球の飛距離が伸びたし、良い投手を攻略しようと打撃の技術も上がったからです。DH制を取り入れたことも大きかったと思います」

 日本女子プロ野球機構広報も打者の力量が上がったことを挙げ、
「柵越えを打ちたいといって、選手のモチベーションが上がったのです」
 と言う。

「一発逆転があると配球も守備も変わるので、野球は格段に面白くなる」
 という松村氏の言葉どおり、やはり柵越えホームランは選手を育て、試合を盛り上げる「野球の華」なのである。

WBSCも柵越えホームランを推進

 野球人気に直結する柵越えホームランが女子野球で出にくいことは、WBSC(世界野球ソフトボール連盟)も問題視し、改善に動いている。この動きは正確に言うと、現在は男子と同じ女子硬式野球のグラウンドサイズ(塁間、投本間)を女子の体力に合わせて小さくし、ホームランを出やすくするためにホームランラインを設けようというもの。
 
 1次案は2012年にWBSC内部の技術委員会から女子委員会に提示されたが、塁間、投本間は「小さすぎる」として女子委員会が拒否し(サイズは非公開)、ホームランラインを設けることだけが了承された(前段の表参照)。

 このホームランラインは2016年に韓国で行われた第7回女子野球ワールドカップから導入され、距離、高さとも、ガイドラインの一番大きなサイズでクッションフェンスが設置された。柵越えホームランの数も、12年、14年の0本から、この大会では3本、さらに18年に行われた第8回大会では7本に伸びている。

 では日本の女子硬式野球界にホームランラインが登場するのはいつだろう。塁間、投本間はWBSCが新しい国際規格を定めるまで待つとして、ホームランラインはガイドラインがあるので、すぐにでも導入できそうだが。

 残念ながら時期は未定だという。しかしサイズについては「今の選手の力量を考えると、ガイドラインの中でも大きなものを採用するのが妥当」と言う指導者が多い。またパワーや技術を考慮すると、中学生や高校生のホームランラインも別途定める必要があるのではないだろうか。実地検証をして、「がんばればホームランが出る」というサイズを割り出していただきたい。

女子中学生の第1回全国大会にて。

 軟式のクラブ野球は、ぜひ眠らせているホームランラインを復活させてほしい。「柵越えホームランを打ちたい」という現場の要望は強く、「フェンスを設置するのが大変ならカラーコーンでもいいし、最悪、ラインを引くだけでもいい」という切実な声もあるほどだ。
 2018年に導入された飛ぶボールM号球によって、女子でも飛距離が伸びており、フェンスさえ置けばホームランが出る確率は高まっている。  

 一方、現在外野フリーの女子中学生大会にも、別な意味でホームランラインが必要だ。大人の男性も使うM号球は女子中学生には重いようで、B号球を使っていた第1回全国大会(2016年)と第4回全国大会(2019年)を比べると、試合数が増えているにもかかわらず、ランニングホームランは18本から2本に激減し、二、三塁打も113本から71本に減っているからだ。

 このままではせっかく練習しても長打が出ず、選手たちは野球が楽しくなくなってしまうだろう。「野球は打たなければ面白くない」という大阪ベストガールズの理念のように、将来の野球界を担う中学生たちには、打つ楽しさを思う存分味わってほしい。だからこそ、目標となる柵越えホームランが必要なのだ。

 フェンス、あるいはカラーコーンをホームランラインに沿って設置するのはお金と手間がかかるが、本気で女子野球を振興し、野球人気を回復したいのなら、「女子も柵越えホームラン」は実現すべき課題なのである。


女子野球の規定を考える「part1 女子野球も選手ファーストへ」

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