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始まった新しい試み① 教員チームの活躍

特集 2014年5月29日

 動き出した中学生の軟式野球環境

始まった新しい試み① 教員チームの活躍

13年秋のKボールの全国大会にて(白い上着が横浜クラブ)

公立中学校に女子野球部はできるか?

 中学野球環境を作るために私が願っていることの一つに、全国の中学校に女子野球部ができることがある。ソフトボールもバスケットボールもソフトテニスもバレーボールも、みんな女子の部があるのだから、女子野球部ができても不思議はないし、そうならなくてはいけないのではないだろうか。特に当たり前に野球を続けられる環境を作るうえで、公立中学校にできることが大切だと思っている。

 神奈川県横浜市の中学校教諭で、横浜市立中体連の女子チーム「横浜クラブ」の元監督、新庄広先生も「中学校の運動系の部活はみんな男子と女子で分かれていて、男女一緒なのは野球だけです。体力面などから見ても女子だけの野球部ができたほうがいい」と言う。

一般の中学生の全国大会「全中」(13年)。写真提供/『Hit&Run』

 さらに私は「全中」に女子野球の部ができることも願っている。「全中」とは「全国中学校軟式野球大会」(中体連と全軟連が共催)の略で、中学野球部(学校単位)が地方大会を勝ち抜いて出場する全国大会だ。

 参考までに紹介すると中学生の軟式の全国大会は2つあり、全中と並び立つのが「全日本少年軟式野球大会」(全軟連主催)だ。こちらは全中と違って中学校野球部だけでなく、地域の中学生クラブや学校の枠を超えた地域選抜チーム、都道府県の選抜チームなど、様々な形態のチームが出場できるのが特徴だ。

 ではどうすれば全中に女子野球の部を作ってもらえるのか、47都道府県の中体連を束ねる日本中学校体育連盟に問い合わせてみた。すると以下のような回答を得た。
「軟式野球に限らず日本中体連が、ある競技の全国大会を作りなさいとトップダウン方式で指示を出すことはありません。もし全中に女子野球の部を作るなら、全国にある9ブロックのうち6ブロックに女子野球の地方大会ができることが必要で、それで初めて全国大会の開催が検討されます」
 つまり北海道、東北、関東、北信越、東海、関西、中国、四国、九州のうちの6つに地方大会ができないと女子野球の部ができないというのだ。

 溜息が出た。でも各地方に2つずつ女子野球部を持つ学校ができれば地方大会が可能という見方もできる。つまり2×6=12校だ。うん、それなら可能かもしれない。何しろ中学でも野球をやりたい小学生は増えているのだから、あとはひとえに校長先生と先生方の気持ち一つ、ということだ。

 実際に女子に野球をやらせてあげたいという先生方は増えている。以下に紹介するのは先程紹介した横浜市の中体連チーム「横浜クラブ」がチームを結成するまでの経緯である。女子野球の先進地、神奈川県でもまだ公立中学校に女子野球部を作るところまではいっていないが、先生方がどのような思いで、どんなふうにチームを作っていったのか参考にしてほしい。

横浜市の中体連チーム「横浜クラブ」の活躍

「初めは女子部員の元気の源として始めたんです」と横浜クラブの元監督で、現横浜市立丸山台中学校副校長の新庄広先生は言う。2011年のことだ。

 神奈川県には2013年現在、公立中学校が415あり、そのうち横浜市の中学校は149。その中に女子野球部員が以前から何人もいたが、ご他聞にもれず体力面で男子に追い抜かれ、次第にベンチウォーマーになったりやめてしまうケースが多かったという。
 選手や保護者からは「男子と一緒にやるのはイヤ」「なんとか女子だけでできないか」という声が根強くあったが、学校に女子野球部ができるわけもなく、どうしても女子だけで野球がやりたい選手は県内外の中学生クラブに活躍の場を求めていった。

13年夏のKボールの全国大会優勝に貢献した「横浜クラブ」の小田嶋真美投手と石田吉乃捕手

 しかし2010年、市立金沢中学校野球部に女子のエースが現れたことが状況を変えた。彼女は横浜市の夏季大会で大活躍し、その活躍が横浜市立中体連野球専門部のメンバーの間で話題になった。そして「そういえば2年前にもエースの女子選手がいた」「あの学校にも、この学校にも女子選手がいる」と、次々に名前が挙がったという。

「いったい市内に何人ぐらい女子選手がいるんだろう」と、当時野球専門部の部長だった星野幸稔先生(港南中学)を中心に、副部長の坂脇寛人先生(新羽中学)、野球強化育成担当の新庄広先生(当時戸塚中学)が女子選手の数を調査。その結果、市内に約20人いることがわかったという。

 その数字を見て星野、坂脇、新庄の3人の先生方の気持ちが一つになった。「女子だけで野球をやらせてあげたいね」と。

 3人は順序立てて物事を進めた。
 まず11年3月、女子野球部員によるチームを作って活動することを野球専門部の強化育成事業に決定。なんといっても同部の部長、副部長、強化育成担当が当事者なのだから話は早い。新たに女子強化育成担当という役職も作って新庄先生がその任に就いた。
「その際、市の中体連本部の許可は得ませんでした。あくまでも野球専門部内の強化育成事業の一つだったので」(星野先生)

 その一方で中体連の会長や役員、他の競技部の理解を得るために市の競技部長会に星野部長の名前で提案書を提出。「普及、育成の視点から女子だけの練習会を実施し、ふだん男子の中でがんばっている生徒が互いに認め合える場を作りたい」とアピールした。その結果、会長からは「いいんじゃないですか」という返事をもらい、他の役員からも反対の意見は出なかったという。

横浜クラブのあゆみ

 肝心の活動は「中体連が運営するチームなので各校での学校活動がメイン」ということで3人の意見が一致した。
 各校の顧問の先生方には「中体連野球専門部」から目的や活動予定などを書いた文書を送って女子の活動に理解を求め、合わせて女子選手を参加させてくれるようお願いした。残念ながら女子選手がいるはずの学校から返事が来ないケースもあったが、ほとんどの学校が協力してくれたという。

 こうして翌4月に市内の選手13人による第1回合同練習会が開かれた。
「ふだんレギュラーじゃないからレベルはまだまだでしたが、女子会みたいですごく楽しそうでした」と坂脇先生は笑うが、そんな子どもたちの姿が先生方を勇気づけた。

 しかし当初の目的は大会参加ではなく、あくまでも「女子部員の元気の源」、つまり女子の活動で元気をため、また男子の中にもどって3年間野球を続けてもらうことだったので、練習は月1回程度。特に初めの30分はゲームなどをしてコミュニケーションを図ることを重視したという。こうしたムード作りは新庄先生の得意とするところで、みんなが打ち解けてきたところで練習に入ったという。

 練習を始めてみれば試合をしたくなるのが人情というもの。チームにはピッチャーが2人いたので「試合ができるのでは?」と考え、県内唯一の学校チーム、横浜隼人中学高校女子軟式野球部(当時。現在は硬式に転向)の胸を借りて初めての試合を行った。
 対外試合を行うということで、この時初めて中体連の許可を取り、横浜市の春の中学生大会決勝後にエキシビションマッチのようなかたちで試合をしたという。

 この試合の様子が神奈川新聞社に取材されたことから活動はさらに広がっていく。
 まず同社に「県内に何人ぐらい女子部員がいるのですか?」と尋ねられたことをきっかけに県下の女子野球部員の数を調査。その結果約50人いることがわかって横浜対神奈川(横浜市以外の連合チーム)の交流戦が定期的に行われるようになった。

13年秋のKボールの全国大会は東京選抜(ピンクのユニフォーム)に破れ準優勝

 またその活動が県外でも知られるようになり、千葉県の中学教員チーム「千葉マリーンズ」との交流戦も始まった。
 活動3年目の2013年2月には文部科学省の「平成24年度 運動部活動地域連携再構築事業」にも指定され、簡単にいえば意欲的な優良事業という国のお墨付きの下で活動することができた。

 こうして迎えた13年夏、「そろそろ公式戦に出てみようよ」という声があがり、出場したのがKボールの夏の全国大会「15U全国女子KB野球選手権大会in伊豆」だ。横浜クラブはこの大会で見事優勝し、一躍女子中学野球界にその名を知られることになった。
 
 ちなみにKボールの大会を選んだのは、女子中学生大会はそれしかなかったからだという(関東女子軟式野球連盟の中高生大会もあったが、高校生も出場するため、力量、スピード感の差を考慮して参加を見合わせた)。

チームを作った3人の先生方の思い

 こうして横浜市ではすっかり定着した同チームの活動だが、3年間活動してみた感想を先生方にうかがってみた。

星野幸稔先生(元横浜市立中体連野球専門部長)

 おかげさまで横浜クラブの活躍の場は少しずつ広がっていきましたが、私が部長だった13年春までは野球専門部内の活動にとどめ、チーム登録をして公式戦に出ることはしませんでした。なぜならチ-ムで活動したときの課題がたくさんあったからです。

横浜クラブ

 たとえば遠征の引率や費用の問題(中体連からの資金援助はないため、保護者の皆様が学校のユニフォ-ムのほかに女子チームのユニフォ-ムを作らなくてはいけないこと、活動費も倍になること)、参加できる大会があまりなかったことなどです。Kボ-ルの大会も中体連ではない他団体の大会なので、出るためには準備と時間が必要だと考え、参加しませんでした。
 しかし私の考えた普及活動は大勢の方の協力でおおむね達成されたと思っています。女子が生き生きと活動し、中学で野球部に入部するのをあきらめてしまうことが少なくなるための方向性はできたと思います。

坂脇寛人先生(現横浜市立中体連野球専門部長)

 野球が好きな子どもに男子も女子もありません。男子も女子も野球で身につけるべき基本技術や戦略、チームワーク、礼儀などは同じです。そして、学校教育の一環として野球が好きな女の子が中学生になっても思いっきり野球が楽しめる環境が整えばと考えています。
 またオリンピックの正式種目から野球が外されたのは、女子の競技人口が少ないのも理由の一つと聞いています。野球人としてオリンピックの舞台に野球がないのは、寂しく思います。また野球小僧人口が減っている昨今、将来母となる野球好きなお母さんが増えることも野球小僧人口増加につながるのではないかと思いますので、女の子が中学生になっても野球を続けることのできる環境は必要不可欠だと思います。
 私たちの活動は全国でも珍しいケースだそうです。県レベルでの環境作りは広がりを見せているようですが、市町村レベルでも、もっともっと全国各地に我々と同様のチームが増え、女子選手が活躍する場が増えればと思っています。そのために我々が活動や大会出場を通して発信をしなくてはいけないと考えています。
 また行政の理解を得ることも必要で、全国大会で優勝した時には、市長への表敬訪問などもさせていただきました。しかし、まだまだ課題は多く、今後は全学校の顧問の先生方が快く女子部員を受け入れてもらえる環境を整えていかなくてはならないと考えています。

新庄広先生(元横浜クラブ監督)

 女子は真面目で練習を一生懸命をやるし、能力だってあります。それを伸ばしてあげたいし、女子の野球仲間も作ってあげたいと思っています。そして将来、彼女たちが教員として学校にもどってきたとき、今度は自分が野球を教えられるようになっていてほしい。そういうことも考えながら指導しています。
 またそのためにも中学校で女子野球が盛んになって、全国の公立高校に女子野球部ができてほしいですね。学校教育のなかでも当たり前に野球ができるようになることが、人材育成の意味で大切だと思っています。

他にもある、教員が作った女子中学生チーム

 女子選手に野球をやらせてあげたいという熱い思いから中学教員が作った女子チームは、まだ他にもある。

●千葉マリーンズ
●埼玉スーパースターズF
●茨城女子野球クラブ
●山梨クラブ

 どのチームも関東の志のある先生方が中体連の許可を取り、個人名で女子選手のいる学校長や野球部顧問に手紙を出して協力を要請し、選手を集めているが、あくまでも教員有志によるチームのため、中体連には所属していない。それが中体連のチームである横浜クラブと大きく異なる点だ。

埼玉スーパースターズFも中学校の先生が作ったチームだ

 私はそれが残念でならない。なぜなら先生方は教員という立場上、あくまでも学校活動を優先し、大会に参加するときは中体連の許可を取るなど細心の注意を払って活動しているにもかかわらず、最終的な責任は中体連にはなく先生方個人に帰するからだ。教育活動の一環なのか個人的活動なのか、はっきりしないのが現状だ。

 なんとかしてこれらの女子チームを中体連に運営してもらうことはできないだろうか。中体連のチームになれば各校の理解も得られやすいし、活動もしやすくなるだろう。先生方の精神的な負担も減るし、子どもたちを預ける保護者にとっても安心だ。
 さらに中体連の女子チームが増えれば、中体連主催の女子大会(関東大会など)ができる可能性もある。そうなれば選手や指導者の意欲が増して各校に女子野球部が誕生するかもしれない。

 女子中学生の環境を作るうえで中体連の理解は欠かせない。もし女子チームを作ろうと志す先生がいたら、まずは中体連と相談してみてほしい。

※2014年3月、群馬県に「群馬エンジェルス」が誕生したが、こちらは群馬の県軟連と中体連が関東大会出場を機に共同で作ったクラブチームのため、純粋な教員チームではない。しかしとても意欲的な試みなので、今後群馬エンジェルスの活動に注目していきたい。

※「全中」の写真提供/『Hit&Run』(ベースボールマガジン社)

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