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東近江バイオレッツ

特集 2018年1月24日
 
 行政や地元経済界とタッグ。滋賀県「東近江バイオレッツ」に見る

「地域密着型チーム」への挑戦

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 17年9月、行政や地元経済界、自治会などがバックアップする「地元密着型・女子野球チーム」が誕生した。滋賀県東近江市の「東近江バイオレッツ」(硬式)だ。18年4月の活動開始に向け、現在着々と準備が進んでいる(新年度の入部者は10人を超す予定)。

 この、他に類を見ないミラクルなサポートを、同チームはどうやって手に入れたのか、市とチームの双方向のメリットとはどんなものなのか。女子野球チームの新しいあり方を探るために取材した。

<東近江市とは>
 東は鈴鹿山脈、西は琵琶湖に接し、一級河川・愛知川(えちがわ)がゆったりと流れる緑豊かな都市。かつてはその伏流水を利用した繊維業が盛んだったが、現在は京阪神と東海の中間という好立地と交通の便の良さを背景に、村田製作所、京セラといった大企業の工場が集まる製造業の町に生まれ変わった。工業生産額もここ数年微増しており、経済的に安定した町である。

市全景。左が愛知川(左岸は彦根市)、中央は須田川 大企業の工場が集まる製造業の中心地、八日市の駅前 三重県との境をなす鈴鹿山脈。その山峰の一つ、竜ヶ岳の山頂

設立の経緯~行政や地元経済界を巻き込むまで

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中嶋さんが企画した女子野球のイベント

 東近江市に女子野球チームを作ることになったきっかけは、2016年11月に市の湖東(ことう)スタジアムで行われた女子野球イベントだ。
 お嬢さんが京都両洋高校女子硬式野球部に通っている、東近江市在住の中嶋輝さん(株式会社中嶋総業社長)が、女子野球のPRのために企画したものだ(チラシ参照)。

 京都両洋高校など4つの女子硬式野球部と市内の女子学童選手たちが交流するこのイベントは、大好評のうちに幕を閉じたが、このとき集まった人々に京都両洋高校の上田玲監督が、
「女子硬式野球には高校や大学を卒業したあとの受け皿がとても少なく、女子プロ野球も狭き門です。ぜひ大人のクラブチームを作ってください」
 と頼んだのだという。それはお嬢さんの卒業を1年4カ月後に控えた中嶋さんの願いと同じだった。

「それなら自分が作ろう」 
 中嶋さんは決意した。

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 しかしここまでならよくある話。中嶋さんが非凡だったのは、創部を市のスローガンである「地方創生」と結びつけたことだ。
「選手が集まれば人口が増え、労働力も増える。また女子野球という競技は絶対に発展するから、彼女たちの活躍が必ずや市を活性化させる。これは市がうたう地方創生の理念に合致する」と考えたのだ。

 そして、「受け皿のない全国の野球少女たちのために、彼女たちが目標とする素晴らしいチームを東近江市に作りたい。それは地域活性化、ひいては地方創生につながる」という中嶋さんの熱い思いは、相談した人々みんなから、「それ、ええやないか」と支持されたという。

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中嶋輝(あきら)さん。すべては彼から始まった

 これに力を得た中嶋さんは、17年春、特に熱心な賛同者たちに創部のために力を貸してくれるよう頼んだ。八日市商工会議所常議員の入榮猛さん、幼馴染で市役所職員の久保文裕さん、そして東近江近未来会議「立志舎」事務局の吉田定男さんである。
 立志舎は市内の若手事業者、教育や医療関係者、市議会議員などが、市の20年後、30年後の発展を見据えて提言、行動する団体で、委員長は小椋正清市長。中嶋さんもそのメンバーだ。

 3人は快諾し、彼らの協力を得たことで、行政と経済界の援助が一気に現実味を帯びた。当面の課題は「チームの体制作り」「選手の仕事探し」「選手の住まいの手当て」「より多くの賛同者の開拓」である。
 4人はそれぞれの経験と人脈を生かして行動を開始した。
 
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吉田定男さん。陰の仕事もバリバリこなす、頼りになる人物だ

 17年8月、中嶋さんは東近江近未来会議「立志舎」の総会で、女子チーム創部とそのメリットをプレゼンテーションした。
 人集め、準備書面作りなど、プレゼンに関わる一切を取り仕切ったのは、吉田さんである。

 中嶋さんの話は出席した約70人の共感を呼び、この時点で女子硬式野球チームの創部は、行政や経済界が共有するテーマになった。

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 さらにうれしいことに、この総会の報告が小椋市長に上がると、「町おこしになるし、やろうじゃないか」と乗り気になった。そして地域活性化の観点から、チームのために行政として何ができるか、考えてくれることになったのである。

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記者会見にて。左から入団予定の横山彩実選手、中嶋優菜選手(共に京都両洋高校)、上田玲監督

 活動が始まるのは18年4月だが、17年9月26日に、監督、コーチ、選手2名が参加して、関係各所やメディアに設立の発表がなされた。
 小椋市長が、市の花「ムラサキ」にちなんで「東近江バイオレッツ」と命名し、以後、創部準備は「バイオレッツ・プロジェクト」と呼ばれるようになる。

 18年1月現在、市のサポートとして、市の制度を利用した選手の仕事探しが進んでおり、選手の住まいについても「東近江住まいるバンク」(東近江市と協定を結んで、空き家対策を行っている一般社団法人)と連携して、空き家を活用できるよう手続きを進めている。
 新年度からはより広い分野での市のサポートが期待できる。

 プロジェクトの賛同者は順調に増えており、18年2月16日には、当初の発起人たちに新しい人々を加えた「設立準備会」を発足させ、さらに強力にプロジェクトを推進する。また4月にチームが始動したあとも、引き続きチームのサポートにあたる予定だ。

説明

チームのマークが完成
東近江の木、イロハモミジをバックに、東近江発祥と言われている木地師(きじし)にかけて、キジをデザイン。
市内在住のデザイナー、小堀久雄さんが担当した。

東近江バイオレッツを中心とした連携イメージと、選手のメリット

連携イメージ 画像の説明

課題の克服~チーム作り、仕事と住まいの手配

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■チーム理念
 働く女性が真剣に野球に取り組める環境を作り、目標を目指すプロセスの中で、社会人として人間力を向上させ、同時に地域貢献、社会貢献を果たす。また、日本の女子野球界の目標とされるチーム、選手を目指す。

試合会場などで使う予定の湖東スタジアム。ページ冒頭の写真も同球場

■球場
 湖東(ことう)スタジアムなど、市内の硬式野球ができる3つの球場を使用。ホームグラウンドは18年1月現在調整中。
■指導者
 京都両洋高校の上田監督を総監督とし、同校のコーチ陣が指導にあたる。また3月に大阪体育大学を卒業する同校女子硬式野球部の学生コーチ、竹田慎平さんが東近江市の企業に就職し、コーチとして活動をサポートする。
■活動時間
平日/8~12時(オフ1日)。勤務時間は13~19時、または14~20時
土日祝/9~15時
 京都両洋高校の指導者たちは、平日の午前中はバイオレッツの指導、夕方からは高校の指導をする。上田監督が来られないときは竹田コーチを中心に活動予定。
■この時間にした理由
「平日もほぼ毎日練習することは、絶対譲れない私のこだわりでした。今は昔と違って強いチームがたくさんあります。高校や大学は毎日練習しているので、社会人が勝つためには、それ以上練習しなくてはいけないと思ったのです」(上田監督)
■加盟団体
「全日本女子野球連盟」(女子硬式野球の全国組織)
女子硬式野球の各種大会に参加

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 全国的に人口が減少している今、同市もご多分にもれず、2013年1月から18年1月までの5年間で総人口は2%減。特に18~39歳の女性は7%減、18~29歳なら10%減という厳しい状況にある。
 そんななかで、経済界はこのプロジェクトにどんな魅力を見出したのだろうか。

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八日市商工会議所常議員、東近江近未来会議「立志舎」代表世話人
入榮猛さん

入榮猛さん。市経済界の重鎮だ

「人口が減っていっては産業が立ち行かなくなります。なんとしても定住する『市民』を増やしたい。
 だから中嶋さんからこの話を聞いたときは、地域の活性化につながるいい話だと思いました。たとえば事業所にとっては人材が確保できるし、空き家の改修をするなら小さな工務店や電気工事店などが潤う、他県に住む選手の家族や友達が遊びに来れば観光業界が活性化する、他県の人との交流ができれば、そこにビジネスチャンスも生まれるからです。

 商工会議所や立志舎の会員、医療関係者などたくさんの人に声をかけて、このプロジェクトを支援する態勢を整えています。寄付金集めはもちろん、該当しそうな支援制度があれば、プロジェクトメンバーに教えています」
 
 そんな経済界と選手をつないでいるのが、市役所が2015年から行っている無料職業斡旋事業に携わる、市の職員たちだ。

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東近江市役所・商工観光部商工労政課・しごとづくり応援センター
中西美智代課長(写真左端)

「中嶋さんからの依頼を受けて、ご本人の希望に沿った仕事を当センターのメンバーと一緒に探しています。

しごとづくり応援センターのみなさん

 今年入団予定のバイオレッツのコーチ、選手のうち3人が教員免許を取得予定なので、まず教育委員会に問い合わせましたが、チームの平日練習が午前中ということがネックになって、うまくいきませんでした。
確かに仕事は午後からというのは、なかなか難しいです。それでもすでに市内の事業所等から20件近くの求人をいただいており、現在選手とマッチング中です。

 事業者さんは皆、チームの活動に理解を示してくださいます。嫌な顔をされたことは一度もありません。野球をやっていた方も多いですし、事業者さんにとっては労働力+夢の応援というのは魅力のようです。

 選手たちはみんな明るく前向きで、働き手としては申し分ありません。自信をもって薦められます。とにかく選手に会ってもらうのが、一番手っ取り早いです。将来、選手の勤務先がスポンサーになってくれればいいなと思います。

 私には同じ年頃の子どもがいるので、実家を離れて東近江で野球をやろうという学生さんの意欲はすごいと思うし、それを応援する親御さんもすごいと思います。
 その意味でも、選手のみなさんが安心して働けるところをご紹介しなくてはと思っています」

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前・池庄町(いけしょうちょう)自治会長
久保文裕さん

久保文裕さん。16年の女子野球イベントをきっかけに、すっかり女子野球ファンに

「17年の春、近所に住む中嶋さんと道でばったり出会い、『今度女子野球チームを作るので、仕事とマンションを探さないかんのや』ということを聞き、それなら私たちが住む、池庄町の空き家を活用してはどうかと提案しました。

 池庄町は少子高齢化が進んで空き家率が10%にもなっているので、『これから空き家はますます増えていく。これをなんとか地域の資源として活用できないか』と考えていたからです。

 私は市役所に勤務していますが、空き家対策は市の重要課題の一つであるため、これは自治会長としての提案であると同時に、市の職員としての提案でもありました。

 現在町内の、築29年の空き家1軒を5人用のハウスシェア住宅に改修中です。キッチン、ダイニング、風呂1つ、シャワールーム2つ、個室5つで、選手たちはきっと気に入ってくれると思いますし、家賃は安くなると思います。家主さんが『バイオレッツを応援しているよ。がんばれ』と言ってくださっていますので。

 また町内の人たちもバイオレッツの創部に興味津々なので、『野菜食べ』言うて持って来てくれたりすると思いますよ。町の人たちにとっては空き家活用と若い人との交流で地域が元気になるというメリットが、選手のみなさんにとってはマンションに住むより安い家賃と、町の人からの温かいサポートというメリットが期待できます。
 選手が増えてきたら、別の町に第2、第3のハウスシェア住宅を作る予定です」

チームから~上田玲監督と選手の思い

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上田玲監督
(奈良県北葛城郡出身、36歳)

日本代表経験もある上田監督

「04年に、関西で一番早く女子硬式野球クラブ『大阪BLESS』を立ち上げたときは、まだ女子野球を知る人も応援してくれる人も、ほとんどいませんでした。ですから今回の東近江市のみなさんのお気持ちには、うれしさと同時に『すごいな』という感動を覚えました。

 今野球をやっている若い選手の中には、野球さえできればいいと思っている人もいますが、昔を知る人間として、市のみなさんへの感謝を忘れないように指導していきたいと思います。

 目標は『アマチュア日本一』です。松山の全日本選手権、千葉のクラブ選手権で優勝して、恩返ししたいと思っています」

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蝦名郁美さん
(青森県弘前市出身、22歳)

至学館大学女子硬式野球部のキャプテンだった蝦名さん

 至学館大学女子硬式野球部の遊撃手としてキャプテンとして、大学の秋季全国大会優勝に貢献した蝦名(えびな)さん。東近江バイオレッツに入団を決めた理由を、
「違うチームでもう少し野球をやってみたかったからです。平日にしっかり練習するのも魅力でした。それに新しいチームだから、技術だけじゃなくて何か新しい出会いや経験があるのではないかと思って」
 と言う。

 小学4年生のときに野球を始め、中学野球部、高校ソフトボール部を経て、至学館大学に進学した。理由はもちろん女子硬式野球をやりたかったから。でも大学卒業後は青森県にもどっても、硬式も軟式も、大人の女子野球チームはない。だから野球を続けるために、未知の可能性を秘めたバイオレッツを選んだのだ。
 故郷の親御さんは、「やりたいことがあるのならがんばりなさい」と言ってくれたとか。

「支援してもらえるのはありがたいです。でも支援してもらうということは野球をやっているのではなくて、やらせてもらっているわけなんで、仕事をふくめ、野球以外のこともちゃんとやらなくてはいけないと思っています」

この件に関する問い合わせ先
074-945-1455 ㈱中嶋総業 9~16時

※写真提供/東近江バイオレッツ、東近江市役所

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