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第7回女子野球W杯 橘田さん

特集 2016年11月15日

「第7回女子野球W杯」最高責任者

橘田恵さん、駆け抜けた12日間を語る 

世界中から招集された5人のインターナショナルTCと橘田さん

運営の最高責任者、テクニカル・ディレクター(TD。大会技術委員長)として、第7回女子野球ワールドカップ(9月3日~11日・韓国釜山広域市開催)を成功に導いた橘田さん。最年少(33歳)にしてアジア初の女性TDである彼女は、どんな仕事をし、何を考えたのか、たっぷりとうかがった。

画像の説明

橘田恵(きった めぐみ)
(写真右。左はリカルド・フラッカーリWBSC会長)
1983年兵庫県出身。小学1年で野球を始め、04年と05年に半年ずつオーストラリアの女子野球クラブでプレー。06年に帰国後、花咲徳栄高校、南九州短期大学の指導者を経て、12年に学校法人履正社に入職。現在、レクトヴィーナスと高校の、2つの女子硬式野球部の監督を務めている。09年から5回、国際大会のTCを務め、今回初のTDに就任。

大会を運営した主な人々

誰よりも早く現地入りして、準備に奔走

――橘田さんより前にTDをなさったことがある日本人は、麻生紘二さん(73歳。WBSC大会委員で、全日本野球協会アマチュア野球規則委員会前委員長)だけとか。その分、この仕事は私たちになじみがないのですが、どんな仕事をするのか教えてください。
橘田 TDは試合が滞りなく進むように、高所大所からあらゆる問題に対処するのが仕事です。まず最初にしたのは8月31日に現地に入って、審判長と一緒に球場(ヒュンダイ・ドリームパーク)を視察しながらグラウンドルールを作ることでした。

初めてベネズエラが入賞した

――グラウンドルールとは何ですか?
橘田 その球場でプレーするときだけ採用するローカルルールです。球場ってどこも同じではないので、安全性やルール上、チェックしないといけないところが色々あるのです。それを一つ一つチェックしていきました。

――たとえば安全面ではどんなことを?
橘田 まずベンチ脇にポールとそれを支えるワイヤーがあったので、足をとられて怪我をしないようにクッションを巻いてもらいました。また外野フェンスには安全のためにクッションがついているのですが、その上に上下に棒を入れた広告が張ってあったんです。これではクッションをつけた意味がないですよね。だから、その棒を抜いてくださるように現地スタッフにお願いしました。
 
――競技上のルールはどんなものを?
橘田 今回一番気になっていたのが、新たに採用された女子用の外野フェンスです。WBSCが定めたガイドラインでは距離や高さに幅があったので(両翼83.8~88.4m、中堅103.4~109.7m、高さ1~1.8m)、もし小さいサイズで設置していたら、一番大きいサイズで設置し直してもらおうと思っていたんです。今の女子の実力なら大きいサイズでいいですからね。でも一番大きなサイズで設置してあったので、ほっとしました。高さもガイドラインの最大値より高かったですね。

 ただ女子用のフェンスを置くのなら、その端に女子用のホームランポールが必要だし、フェンスにもファールとフェアの境界のラインが入っていなければなりません。でもポールはあったけどラインがなかったので、急いで書いてもらいました。(写真左/黄色いポールが女子用のポール。本来ならその手前のフェンスに地面と垂直にラインが入っていなければならない)

 またフェンスの横に隙間があったので(写真右/柵のようになっている部分)、ここに直接ボールが飛び込んだらファール、フェアゾーンから転がって入ったらツーベースというルールを作りました。ほかにはボールを追ってベンチに飛び込まないように、ベンチ前の柵に足をかけて捕ったらファール、足をかけないで捕ったらアウト、というルールも決めて各チームに連絡しました。

フェンスにラインがない状態 フェンス横の隙間

――色々なことに気づく力と解決力が必要ですね。
橘田 そうですね。今回は審判長のリサが「これはだめね」「これは危ないからこうしましょう」と言って、ずいぶん力になってくれました。 

――大会が始まってからはどんなことを?
橘田 初日は誰よりも早く行かないといけないので、5時半にホテルを出て6時に現地に入りました。前日の夜に雨が降ったのでグラウンド状況が心配だったのですが、案の定グラウンド不良で、早速試合開始時間の変更などに追われました。

 この日はドリームパークの2面で9時からオランダvsインド戦、3面で10時からアメリカvs香港戦が行われることになっていたのですが、グラウンド状況が悪いので、2面の試合を10時に変更したんです。
 でもこれは私の判断ミスでした。2つの開始時間を同じにしたことで、グラウンド整備、アップなど、2試合分の準備を何もかも同時進行しなくてはならなくなったからです。ところがグラウンドキーパーは10人しかいないので、両方とも10時開始は無理、となった。幸か不幸かアメリカがバットを忘れてきたので、では取りに行く時間をみて、3面は10時20分開始にしましょうと。

メインスタジアムをふくむ3つの球場を使用。写真はインド(攻撃)vsパキスタンの試合

 でもアメリカ戦にはテレビ中継が入っていて、「そこまで時間をずらすことができない」と言うので、間を取って10時10分開始にしました。

 また午前の試合がずれたことで、午後に行われる試合のアップ場所も変更しなくてはならなくなって、当事国や関係各所への説明やお願いに追われました。

――バタバタで大変でしたね。
橘田 はい。でもどの国の監督たちも状況を理解してくださって助かりました。
 ただ本来、TDの仕事はもっと優雅なものなんです。事前準備はするけど、試合が始まったら現場はTCに任せて、自分は各球場を回ってアドバイスするくらいでいいんです。
 でも私は日本人だしTCはみんな私より年上なので、細かいことまでメチャクチャやりました(笑)。何か問題が起きれば、原因がどこにあるのか、状況はどうなっているのかなど、全部自分で情報を集めて判断しました。

走り回っている橘田さんを気遣って、グラウンドキーパーが整備車に乗せてくれたという。右は韓国語の通訳

――スーパーラウンドの日本vsオーストラリア戦では、蛇が原因で照明が消えましたね。
橘田 いやいや、それは事実ではないんです(笑)。単純な電気系統のトラブルで、技師が取扱説明書を持って修理して、15分後に復旧させました。でも大倉監督が待ち時間に選手たちをなごませようと思って、「蛇がはさまって消えたみたいだ」と言ったのを、マイクが拾ってしまったんです(笑)。

――その時、橘田さんはどんな動きをしたのですか?
橘田 消えたときに、「試合はどうするんだ」と両チームがTC経由で聞いてきたので、「両方のチームがやりたいと言ったらやってもいいですよ。でも片方がやめたいって言うのならやめてください」と言いました。で、両チームともやりたいと。 

 それで電気がついた瞬間、「いつ始めるか確認しましょう」とTC経由で連絡をし、日本は攻撃側だったので「いつでもいいですよ」と。オーストラリアは「90秒(イニング投球の規定時間)あればいい」と言うので、中継していたテレビ局にも「それでいいですか?」と確認して、「では90秒後にいきましょう」と各所に連絡しました。正直、90秒でいいの? とは思いましたけど(笑)。

――決勝の日本vsカナダ戦では、カナダの投手がスパイクでマウンドを掘って掘って、足元に大きな穴ができていましたね。あれは何のアピールだったのですか?
橘田 土が湿って柔らかい。すべって危ないから乾いた土を入れてくれということでした。すぐに担当のTCやカナダの監督コーチ、審判が集まって協議しましたが、長引いているのを見て、以前TDをしたことがあるベテランTCが「すぐに行きなさい」と言うので、私もグラウンドに走りました。

決勝で対応を協議

 結局2回試合を中断して土を入れましたが、攻撃側だった大倉監督から、「なんで今なんだ。イニングの間にやればいいじゃないか」というクレームが来ました。でも、「危険だと言う以上、安全性を優先します」とお話ししました。

――ほかに何か印象に残ったことはありますか?
橘田 女子のW杯で初めて退場者が出たことですね。スーパーラウンドのオーストラリアvsベネズエラ戦なんですが、試合序盤にオーストラリアのピッチングコーチが、審判に「なんでボークを取らないんだ」って猛抗議したのです。でもボークではないという判断だったので、「次に文句を言ったら退場ね」と言ったのに、終盤にまたベンチから、「ボークボーク」と騒いだ。それでピッチングコーチが退場。規定に従い、オーストラリア団長に、翌日私の名前で600米ドルの請求書を出させていただきました。

――各章の受賞者はどうやって決めたのですか?
橘田 MVP以外は前日の夜、スコアラー長がまとめたデータを見ながら、TCたちと決めました。10時ごろから3時間ぐらいかかったでしょうか。最後に「MVPは優勝したチームから出すのでいいですね」と確認を取り、決勝の4回が終わった時にもう一回TCを集めて、MVPを決めました。

受賞者

 
――今回、受賞者が色々な国から出ましたね。
橘田 そうなんです。今までは日本とか上位進出したチームからたくさん出ていたので、初めてじゃないですか? 
「受賞者は上位チームだけでいこう」と言う人もいましたけど、基本的にデータ重視でいきました。たとえばベスト三塁手をとったインドのブーヤン選手。彼女はゴロを捕ってアウトにした数が一番多いんですよ。だから「それを評価してあげるべきなんじゃないか」という声がかなりあって。
「日本は打たれないから、そもそもボールが飛んでこない。だから数字が下がった」というご意見をいただきましたが、強い国にばかり目を向けていては、女子野球は発展しません。だからあえてデータにこだわりました。

――インドのみなさんは大喜びですね。
橘田 そうですね。これを機にインドの女子野球が盛り上がってくれたらうれしいです。

――閉会式では何を?
橘田 MVPの里綾実選手をはじめ、3人の受賞者にトロフィーを渡しました。

――TDの仕事はそれで終わりですか?
橘田 閉会式のあと反省会をやって、それで終わりです。反省会はTC、審判長、スコアラー長、WBSCの人たちと15人ぐらいでやりました。だから日本の5連覇の祝勝会には出られませんでした。帰国したのは翌日の12日です。

国ごとに考え方が違うので、頭ごなしの指示はNG

――国際大会で多いトラブルは何ですか?
橘田 やっぱり審判に対するクレームですね。特に外国人のクレームのつけ方は強烈です。初めてTCをやったU16世界選手権大会では、南米の捕手が本塁クロスプレーのとき、セーフの宣告に逆上して球審に体当たりしていましたから(笑)。腹を立てて球審に水をかけた国を見たこともあります。もちろんどちらも即退場ですが。

試合前に祈りを捧げるインド選手たち

――国民性の違いですね。
橘田 はい。「そういう考え方もあるんですね」ということもいっぱいありました。たとえば今大会のキューバvsパキスタン戦なんですが、この試合はどちらが勝ってもスーパーラウンドに進めないことがわかっていた。するとキューバが「試合はしなくていい」と言ってきたんです。びっくりしました。ちょっと日本では考えられないことですよね。

 だけど、「私たちは別にしなくてもいいんですよ。でも現地スタッフが応援ボランティアなどを手配しているから、彼らがOKと言ったら試合をやめてもいいですよ」と言いました。もちろん現地スタッフの返事は「NO」です。それで「やりましょうね」というふうに話をもっていきました。

――そんなに気を使うんですか。すごく忍耐力がいりますね。  
橘田 はい。国ごとに国民性も考え方も違うので、頭ごなしに「こうしてください」と言っては物事が収まらないんです。今回TDをして学んだのは、相手の言い分を聞きつつ、「こういう理由だからこうなんですよ」と理屈をきちんと説明して、最後に「どうですか?」と同意を求めることの大切さでした。
 そして常に公平であること。みんなが気持ちよく試合ができるように、バッティング練習の時間であれ、チームの意見を聞く時であれ、何事も平等に行うように心がけました。

――大変な仕事ですね。
橘田 そうですね。TCがわからない難しい問題を解決したり、国際大会ならではの想定外のことに直面したり、1年分の苦情をいただいたりと、日常生活にはない苦しさがありました。でもその分、やりがいがありましたし、いい経験をさせていただいたと思っています。視野も広がりましたし。
 今回最年少のTDということもあって、ベテランのTCたちが色々アドバイスをくれたのが、本当に心強かったです。

5連覇した今、世界が日本を待っている

大会初出場のパキスタン選手といっしょに

――今回は出場枠が8カ国から12カ国に増えたことで、パキスタンのようにW杯初出場の国があったり、インドのように8年ぶりに参加した国もありました。そんな国々を見て、どのように思いましたか?
橘田 忘れていた大切なものを思い出しました。日本vsインド戦なんですが、インドのショートがゴロを深いところで捕って、ワンバンで投げてファーストでアウトにしたとき、監督もベンチも観客も、みんなヤッターっていって抱き合って喜んでいるんですよ。その姿を見て涙が出るかと思いました。ちょうどうちの履正社高校の保護者が見に来ていたんですが、「感動しました」って言っていました。
 インドもパキスタンも技術的にはまだまだですが、本当に一生懸命やっていました。

――日本、アメリカ、オーストラリア、カナダの4強は別として、それ以外の国で女子野球はどのくらい浸透しているのですか?
橘田 野球はお金がかかるので、まだこれからですね。たとえば今回インドはスパイクを履いていなくて、靴下も短かった。ルール上試合には出られるのですが、たぶん用具が買えなかったんでしょうね。もしくは、野球用品が国内に流通していない。インドやパキスタンは数本のバットをみんなで使い回していたし、ベネズエラのバットも古かった。韓国で1本購入して、全員で使っていたのです。

ともに大会運営に奔走した女性TCやスタッフたちと

 ルールも知らない国があって、インドはキャッチャーがヘルメットをしなかったので、危ないから使ってほしいとお願いしましたし、パキスタンの投手が白のアンダーウェアを着ていたので着替えてもらいました。ルール上、投手の白いシャツは認められないんです。パキスタンはメンバー表の書き方(氏名、ポジション、背番号)も知らなかったですね。

――男子の国際大会ではそんなことはないので、やはり女子野球はこれからの競技ということでしょうか。
橘田 実は私、このままでは女子硬式野球に未来はないと思っているんです。一つの国ばかり強いと人気が出ないし、興味をもってもらえなければ、世界に女子野球を広めることもできないからです。今回の決勝では、残念ながら外国人に「日本の試合を見て学ぼう」という姿勢が見られませんでした。

 世界には女子野球はもちろん、野球という競技を知らない国がまだたくさんあります。そんななかでどうやって女子野球の魅力を発信していくのか。求められているのは、上位の国が下位の国をサポートする態勢や、協力関係を作ることです。たとえば外国に指導に行く、野球留学したいという外国人を受け入れるとか。
 そういうモデルケースを作って世界を引っ張っていくのは、やっぱりW杯を5連覇した日本だと思うのです。

――勝ち負けより、もっと大切なものがあるということですね。
橘田 はい。それに、男子よりむしろ女子のほうがそういうことができるんじゃないかと思います。やっぱり女子は国同士、仲がいいんですよ。すぐに仲良くなりますね。久しぶりに会った選手たちも、「調子どう? 元気?」なんて話している。たぶんそれが女子の特性だと思うし、色々な考えが融合しているのが女子だと思うので、そういうところをもっと生かせればいいなと思います。

 私はよくうちの選手に、「さあ、君たちはどこの国に行く?」って言うんですよ。みんな「はあ?」って言っていますけど(笑)。でも今、世界が日本を待っている。そう思います。

ベネズエラ選手と韓国人の応援ボランティア パキスタンとアメリカの選手たち

※写真提供/橘田恵、報知新聞社(一切の転載、使用を禁じます)

※橘田さんの人間ドキュメントが『週刊ベースボール』10月31日号に掲載されました。来年4月頃まではバックナンバーとして購入できますので、ぜひお読みください。
 

 

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