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高校生トリオ

コラム 2020年1月25日

 侍ジャパン女子代表

高校生トリオを育てた男たちの思い 

左から石村選手、田端選手、坂原選手。

※この記事は『週刊ベースボール』(ベースボール・マガジン社)2018年8月22日号に掲載されたものです。

 世界の女子硬式野球の頂点、「第8回女子野球ワールドカップ」が8月22日、フロリダで開幕した。過去10年にわたって女子野球世界ランキング1位をキープしている日本は、今大会、平均年齢20歳というフレッシュなチームで大会6連覇を狙う。なかでも注目は、投手2人捕手1人の3人の高校生たちだ。高校女子硬式野球部で活躍する彼女たちの実力は、「世界の強豪に充分通用する」と、新指揮官・橘田恵(きっためぐみ)監督は太鼓判を押す。その選ばれし女子高校生たちを育てたものとは。

坂原愛海(京都両洋高校3年)

「苦しいときこそ笑ってやれ」

 日本代表のトライアウトに挑戦したのは、「父に、経験と思って受けてみろと言われたから。選ばれてびっくりしました」と言うのは京都両洋高校の坂原愛海(さかはらあみ)選手。118キロの直球と、スライダーなど3つの変化球で打者を仕留める。選出理由は「大舞台でも力が出せ、ゲームコントロールができるところ」(橘田監督)。
 小2のとき篠ノ井エラーズ(長野市)で野球を始めて以来、高校球児だった父や監督コーチたちの指導の下、6年で主将を務めるまでに成長。中学では千曲ボーイズへ入団し、中2のとき監督に勧められて内野手から投手に転向した。
「体力面では男子に抜かれていくし、最初は男子にすごい打たれて…」
 でもそんな悔しさのなかで、投手だった父に投球フォームや変化球を教わり、選出理由ともなった巧みな投球術を身につけた。「直球は速いだけではダメ。キレがなくては」と、湯船につかりながら軟球をお湯に向かって投げる練習も欠かさない。「ボールがまっすぐ上がってくればOK」。それも父の教えだ。
 もう一つ、坂原選手を支えているのが「苦しいときこそ笑ってやれ」という父の言葉。その教えどおり笑顔を絶やさずに臨んだ今夏の高校女子硬式野球の全国大会では、見事優勝投手に輝いた。来年からは女子プロ野球選手になることも決まっている。

石村奈々(履正社高校3年)

娘を導いた父の愛 

 同じ投手でもソフトボールから野球に転向して今回の栄誉をつかんだのが、石村奈々選手だ。中2の秋、兄が通う岡山西リトルシニアの試合を見て野球に魅せられ、7年半のソフトのキャリアを捨てて同シニアに入団した。そのとき元高校球児で、娘のソフトボールチームの監督だった父は、その選択を尊重してくれたという。
 ソフトで投手を務めていた経験を買われ、シニアでも投手になったが、下手投げから上手投げにかえるのは、並大抵の苦労ではなかったはず。「はい、最初は全然ダメでしたけど、シャドーピッチングでフォームを固めたり、コントロールをどうやってつけるかなど、コーチや父が教えてくれました」。
 一度はエースナンバーをつけるほど成長した娘を、しかし父は複雑な思いで見ていた。女子は一般の高校野球部に入っても公式戦に出られないからだ。そこで進路を決めるころになると娘に尋ねた。「高校になったらソフトボールにもどるか?」。しかし「野球がやりたい」という返事を聞くと、手を尽くして女子硬式野球部のある高校を探したのである。
 その石村選手の武器は、上手から繰り出す重みのある速球だ。橘田監督は「内角にストレート中心に押し込める選手は、なかなかいない」と、そのコントロールと度胸も評価する。
「バッターに当たってもしょうがないと思って投げると、厳しい所に投げられる。中途半端はやりません」ときっぱり。
 普段は謙虚な選手だが、ここぞというときに見せる勝負師の顔が、大器の片鱗をうかがわせる。

田端凜々花(折尾愛真高校3年)

プロ野球選手だった祖父のDNA

 田端謙二郎。その名を聞いてピンと来る人もいるだろう。65年、近鉄バファローズにドラフト1位で入団した投手だ。最後に紹介するのは、その孫娘、田端凜々花選手(たばたりりか)である。
 謙二郎氏の息子である父と兄と弟に囲まれ、「もの心ついたときにはバットとグラブとボールを持って遊んでいました」と言うが、祖父とはキャッチボールはよくやったが、指導を受けた記憶はないという。
「ああしろこうしろとか言う人じゃないんで。ただ、怪我せんようにがんばれよ、と言ってくれました。はい、(祖父は)大好きです」。
 小4で宗像ジュニア(宗像市)に入団し、中学では福岡福津ボーイズへ。祖父譲りの運動神経と野球センス、物怖じしない性格で、男子相手にガンガン打っていたという。チャンスにも強く、そんな彼女を「なんかもっている選手」と評した人もいる。
 本格的に捕手になったのは高校に入ってから。年上の人にどんどん質問できる性格ゆえ、代表チームでは木戸克彦ヘッドコーチ(1985年の阪神タイガース優勝時の正捕手)に食らいついて、捕手としてのテクニックや駆け引きを教わっている。
 そんな孫娘の世界デビューを祖父はなんと? 
「おめでとう、がんばれよ。楽しめ、と言ってくれました」。
        ★
 父や祖父の大きな愛に包まれて育った女子高校生たち。今大会の見所の一つは、そんな次代を担う彼女たちの活躍にある。

※写真提供/全国高等学校女子硬式野球連盟

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