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コラム ★2013年3月14日
女子野球W杯公式球から女子の硬球について考える
男子の国際大会で使われるボールとは
WBCが開催されるたびに話題に上るボールの問題。使われているローリングス社製のMLB(メジャーリーグ)公式球はすべりやすい、重い、品質が一定でないため極端にいえばボールごとに飛び方が違うなど、日本の硬球との様々な違いが指摘されてきた。
では国際大会では全てこのMLB公式球が使われているのかといえばそうではない。IBAF(国際野球連盟)主催の大会では、基本的にIBAF公式球というものが使われているという。WBCは2013年の第3回大会からIBAFが世界一決定戦と認定したが、主催はあくまでもMLBとその選手会のため、認定後もMLBの公式球が使われているのである。
ではIBAF公式球とはどんなボールなのか。
答えはMIZUNO200である。どこかで聞いたことがあると思われる人がいるかもしれないが、これは2011年からNPB(日本野球機構。男子プロ野球を統括する団体)が採用したNPB統一球と同じものだ。つまり、
IBAF公式球 = MIZUNO200 = NPB統一球
なのである。
同じ仕様のボールに、かたや「IBAF」と「OFFICIAL INTERNATIONAL BASEBALL FEDERATION」という文字がプリントされ、かたや「NPB」と「Nippon Professional Baseball」という文字がプリントされているわけだが、「製造工場は替えています」とミズノ広報宣伝部は言う。
なぜそうなったのか。主な理由は08年の北京オリンピックで日本が4位に沈んだことにあるらしい。北京で使われたボールは当時のIBAF公式球であるMIZUNO150。このボールは日本のプロ野球では使われていなかったため、ボールになじめず勝てなかったというわけだ。その結果、プロ野球でも国際大会と同じボールを使う必要性が議論され、11年にそれまで何種類も存在したプロ野球のボールがIBAF公式球と同じもの、つまり新たに公式球になったMIZUNO200に統一されたのである。
今後日本のプロ野球選手がIBAF公式球を使う大会に参加するなら、ふだんから使い慣れたボールで大会に臨めるため、WBCのように苦労することはないだろう。
女子野球ワールドカップのホームラン数を左右するもの
女子野球ワールドカップでもIBAF公式球が使われている。IBAF主催大会だから当然といえば当然なのだが、男子と同じ仕様(重さ、大きさ、反発係数など)のボールを使っているとは知らなかった。IBAF公式球は男女を問わず国内アマチュア野球で使用されることはないので、女子の日本代表選手たちはワールドカップで初めてこのボールを手にし、もしかするととまどいを覚えたかもしれない。
WBCに出場する男子プロ野球選手が時間をかけてMLB公式球に慣れるように、本来なら女子もIBAF公式球に慣れる時間が必要なのではないだろうか。

それでも女子野球ワールドカップではこのボールを使ってホームランが出ているのだから驚きだ。特に前回の第4回大会(2010年ベネズエラ開催)では6本も出ている。参考までに内訳を紹介すると、日本の西朝美選手が1本、アメリカのタマラ・ホームス選手が3本、同じくアメリカのマライカ・アンダーウッド選手が1本、ベネズエラのニディア・ピネダ選手が1本だ。
しかし今回の第5回大会(カナダ開催)ではニコール・ラチャンスキー選手(カナダ)のランニングホームラン1本しか出なかった。なぜだろう。使用できるバットが替わったのだろうか? カナダの球場のサイズがベネズエラの球場より大きかったのだろうか?
できる範囲で調べてみた。まずバットについては2つの大会で使用できるものの規定に変更はない。
球場のサイズは、ベネズエラでメイン球場として使われたエスタディオ・ホセ・ペレス・コルメナーレス(マラカイ市、写真)は両翼106メートル、中堅120メートル。カナダのメイン球場のテラス・フィールド(エドモントン市、このコラム冒頭の写真)は左翼100メートル、右翼98メートル、中堅130メートル。
女子がバックスクリーンに特大アーチを放つことは考えにくいので、おそらく問題になるのは両翼だと思うが、それだけ見ればむしろカナダの球場のほうが小さい。

ではカナダでホームランが減った理由はどこにあるのだろう。
考えられるのがIBAF公式球の変化だ。調べてみるとベネズエラ大会ではMIZUNO200ではなく、当時の公式球、MIZUNO150が使われていたことがわかった。
この2つ、特に反発力に違いがある。MIZUNO200は150より反発係数が小さいのだが、単に小さいだけでなく、NPBが定めている反発係数の規定(0.41~0.44)の「下限ギリギリに設定している」(ミズノ広報宣伝部)ボールで、ひと言でいえば飛びにくい仕様になっているのだ。
詳しい内容は下記のミズノのサイトをご覧いただきたいが、このMIZUNO200、男子プロ野球でもホームランの数が激減した原因とされているボールだった(グラフ参照)。だからこそ今回の女子野球ワールドカップでもホームランの数が減ったのではないだろうか。
●NPB統一球(MIZUNO200)のニュースリリース
http://www.mizuno.co.jp/whatsnew/news/nr100823/nr100823.html
実際にベネズエラのメイン球場などでホームランを3本も打ったアメリカの主砲、タマラ・ホームス選手は、カナダではホームランを打つことができなかった。もちろんその理由をボールにだけ求めるのは乱暴だろう。しかし今後も飛ばないボール、MIZUNO200がIBAF公式球である限り、女子野球ワールドカップでホームランが量産されるのは難しいのではないだろうか。
大会によって異なる国内の女子用ボール事情
国内ではどんなボールが使われているのだろう。以下の2点から調べてみた。
①MIZUNO200は使われているか。
前述したように男女を問わずアマチュア野球界では使われていない。IBAF公式球は非売品だし、NPB統一球はミズノのオンラインショップなどで買うことはできるが、1個2500円(13年3月現在)と高価なため、ディスプレイ用として購入されているという(ミズノ広報宣伝部)。

②統一球はあるのか。
アマチュアでは大きく分けて2種類のボールが使われている。(女子プロ野球で使われているボールはミズノ製だが、詳細は非公開とのことなので、今回の考察の対象からははずす)
現在、全国高等学校女子硬式野球連盟の春と夏の全国大会と、関東女子硬式野球連盟の全日本ユース大会、ヴィーナスリーグではマツダボールの「硬式試合球 マツダ(オフィシャルマツダ)」という試合球が使われている。
もう一つ、松山で行われている全国大会のような日本女子野球協会が主催したり後援したりしている大会では、ミズノの「カレッジリーグ(20H-10300)」という高校試合球が使われている。
これら以外の大会や練習試合では手持ちの様々な硬球が使われているという。
つまり女子野球界には統一球は存在しないのだ。別になくたってかまわない。男子プロ野球だって2010年までは統一球がなかったのだから。
しかし実際に今女子野球で使われている硬球をいくつか手にとってみると、同じ規定内で作られたものとはいえ、重さや縫い目の高さ、革の触感に、はっきりとわかる違いがある。おそらく反発係数も違うだろう。
だから試合の公平さ、怪我の防止、混乱の回避という観点から、統一球はあったほうがいいというのが私の考えだ。混乱とは町のスポーツ用品店で女子野球用の硬球を買う場合、何を買えばいいのか、客も店もメーカー自身もわからないで立ち往生するという状況のことだ。女子用の統一球ができれば、それがなくなる。
ボール、グラウンドサイズ…。求められる女子用の国際基準
では女子用の硬球とはどんなものだろう。巷で時々耳にするのが、「女子は男子みたいにパワーがないから、飛ぶボールを使ってホームランを出やすくしたら試合が面白くなる」という意見だ。マツダボールとミズノはどんな考えで先のボールを連盟や協会に提案したのだろう。

両社とも世の中に女子用という基準は存在しないとしながらも、マツダボールは「だから男子とまったく同じものを提案しました」といい、ミズノは「男子より非力な女子が使うことを念頭におきました」という。
つまりミズノは女子を意識して反発係数の大きいボールを提案した可能性があるが、具体的な仕様は企業秘密とのことなので詳細はわからない。
しかし女子はめったにホームランを打てないことから考えても、飛びやすいボールを採用するという選択肢はありだと思う。
大きさや重さの面ではどうだろう。先ほどの手持ちのボールを測ってみると、大きさは周囲23センチ強、重さは147~149グラムと、規定の中でも大きいほうの数値を採用したボールが使われていることがわかる(家庭用メジャーや計量器で測っているので多少の誤差はお許しいただきたい)。
慣れてしまえばなんともないのかもしれないが、個人的には女子の手に握りやすい大きさ、負荷がかかりにくい重さなどはあってもいいと思う。特に大きさについては、もうちょっと小さくないと変化球が投げにくいのではないだろうか。
成人男子、特に体格のいい欧米男子が使ってもいいようなボールをそのまま女子に使うことの是非は、ぜひ一度検討していただきたいと思う。
結論として、やはり私は女子が使いやすい数値を割り出した上で国内統一球を作ることを提案したい。そしてそれは女子用の国際基準にのっとっていることが必要だ。どうせ統一球を作るなら国際基準に合ったもののほうがいいに決まっているし、それは男子プロ野球の例が物語っている。しかし今のところお手本となる女子用の国際基準は存在しない。
世界的に見ても野球はまだまだ男性優位のスポーツだ。しかしこれから女子野球が世界的に発展していくためには、女子用の国際基準がぜひともほしい。
その基準の中にはグラウンドサイズの問題もふくまれる。つまり男子と同じグラウンドで飛ぶボールを使うのか、小さめのグラウンドで男子と同じボールを使うのか、ということだ。この、昔から女子野球界にくすぶっている問題についても、そろそろ本腰を入れて議論する必要があるだろう。
その点、IBAFで女子用のグラウンドサイズ(ホームランライン)が検討され始めたことは、その結果はどうあれ、女子の視点が導入されたという意味で一歩前進である。ただボールとグラウンドサイズの問題は背中合わせなだけに、女子用のボールの仕様についてもあわせて検討してほしいと思う。
さてこの問題、みなさんはどう思うだろうか。
参考までに硬式野球以外の例を紹介しよう。
●軟式野球
性差によるボールの規定はなし。ただし成人女子は一般社会人用のA号ではなく、それより一回り小さくて軽いB号を使い、グラウンドサイズも一般より8~9%小さいものを使っている。
●ソフトボール
ボール、グラウンドサイズに男女差はないが、バッテリー間は女子用の小さめのサイズを採用している。
●サッカー
軟式野球と同様、男女とも年齢によって大きさや重さの違うボールを使い分けているが、成人女子は成人男子と同じ5号というボール、同じ広さのグラウンドを使ってプレーしている。