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世界一の女性審判員、マイテさんにインタビュー

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マイテ・ブジョネス・アラングレン
(Maite Bullones Aranguren)
 

1988年、ベネズエラのララ州キボル出身。28歳。ベネズエラ野球連盟の推薦を受けてIBAFや現在のWBSCの国際大会に審判員として何度も派遣されており、女子野球W杯は12年の第5回大会(カナダ開催)と14年の第6回大会(宮崎市開催)で決勝の球審を務めた。男子の大会にも欠かせない存在で、U15、およびU21W杯の決勝の審判も務めている。審判の仕事がないときは、家事を手伝ったり畑仕事をしているとか。ベネズエラの公用語はスペイン語。

 ジャッジの正確さ、公正さ、毅然とした態度など、世界一の女性審判員の呼び声高いベネズエラのマイテさんが、この夏、U15W杯(7月29日~8月7日、福島県いわき市開催)のために来日した。

南米大陸の地図とキボルの位置

 このチャンスに、第7回ユース選手権大会の球審をお願いしようと関係者が動き、8月18日、神戸弘陵学園高校と福井工大附属福井高校の開幕戦の球審が実現した。
 その時、マイテさんにこの仕事にかける思いなどをうかがったので、ご紹介しよう。

――ご自身はソフトボールや野球をやっていたのですか?
マイテ 00年、12歳の時にソフトボールを始め、野球は16歳から始めました。野球もソフトボールも、どちらも20歳までやっていました。

――ベネズエラには女子野球チームや大会はいくつあるのですか?
マイテ 全国に13チームあって、ジュニアの大会が2つ、シニア(大人)の大会が2つあります。

――では女子野球は盛んなのですね?
マイテ いいえ、メジャーな競技ではありません。

――ではなぜ野球の審判員になろうと思ったのですか?
マイテ 実は10年の第4回女子野球W杯のベネズエラ代表候補に選ばれたのですが、選手としての経験が足りなくて最終メンバーに残れませんでした。でも当時すでに1年間、ベネズエラのプロ野球の審判員として働いていたので、ベネズエラW杯のための審判養成コースに招待されたのです。そこでトレーニングを受けたら審判の仕事が好きになり、さらに決勝の日本対オーストラリア戦を見て、「私の天職はこれだ!」と思いました。

日本独自の「整列の文化」には驚いたとか。挨拶は染審判長(マイテさんの向かって右隣)が代行

――ベネズエラの審判員は男性も女性も技術が高いといわれていますが、マイテさんが通った審判学校の名前はなんというのですか?
マイテ ベネズエラン・アンパイア・キャンプ(Venezuelan Umpire Camp)です。

――先ほどのお話にもありましたが、ベネズエラではプロ野球とアマチュア野球の審判員をやっているのですか?
マイテ はい、アマチュアのほかに、10~12月にプロ野球のBリーグの審判員をやっています。

――プロ野球の審判員になるために、特別なトレーニングは受けたのですか?
マイテ はい、受けました。

体はまったくぶれない

――日本では女性審判員は少ないですが、ベネズエラではいかがですか?
マイテ 7人いますが、やっぱり少ないですね。

――マイテさんが理想とする審判員の条件は?
マイテ 知性、あらゆる状況に対処できる力、器用さ、そして何よりも大切なのは、相手の言葉に耳を傾け、常に公平でいることだと思います。

――マイテさんは審判員として非常に高く評価されていますが、スキルアップのために何か心がけていることはありますか?
マイテ 毎日謙虚に努力を重ねて、失敗からも成功からも学び取ることです。自分のスタートの時がどんなふうだったか、私は忘れることができません。謙虚さこそが成功の秘訣です。

コールはしっかりと

――どうしてIBAF(現WBSC)の審判員になれたのですか? つまりベネズエラ野球連盟の推薦を受けることができたのですか?
マイテ それが今でもよくわからないのです。おそらく神様が私を成功に導いてくれたのでしょう。

――審判員を目指す日本の女性たちに、何かアドバイスはありますか?
マイテ 肉体的にも精神的にも準備を怠らずに努力すること。そして決して自分を疑わないことです。私たち女性は成功をつかむために生きています。あとは望むものを手に入れるだけなのです。私たちは神様から与えられたものの中から、自分に一番良いものを選び取るだけでいいのです。

――将来の夢は?
マイテ ベネズエラのプロ野球Aリーグの審判員になって、歴史に名前を刻みたいです。そしてアメリカのジム・エバンス審判学校に勉強に行きたいです。

最後の打者が三振に倒れたときのゼスチャーはひときわは大きかった。試合終了

――最後に、日本の女子高校生たちの試合をジャッジした感想を聞かせてください。
マイテ 日本で審判をするのは初めての経験だったので、最初は少し緊張しましたが、私を信じてくださるたくさんの方々の期待を裏切らないように全力を尽くしました。とても良い試合で、二度とない経験になりましたし、最後までしっかり仕事ができたことは私の自信にもなりました。
 こんな機会を設けてくださってありがとうございました。いつか日本で私と同じか、それ以上の女性審判員が見られる日を楽しみにしています。もちろん私も、自分こそが最高の女性審判員であるという自負をもって仕事をし、またずっとそうあり続けられるように努力していきたいと思います。

マイテさんのエピソード① 
 ある国際大会でスペイン語圏の国とそうでない国が試合をしたときのこと。球審は韓国人、マイテさんは二塁の塁審を務めたが、その時、スペイン語圏の国の指導者たちが、相手を中傷する言葉を何度も吐いた。球審は韓国人だからどうせスペイン語はわからないだろうとたかをくくっていたからだが、それを聞いたマイテさん、その国の指導者たちに「私は全部聞きましたよ。球審に報告されたくなければ黙りなさい」と一喝。退場させられてはかなわないと思った彼らは、それから静かになった。

マイテさんのエピソード②

説明

 マイテさんがストライクを宣告するときのポーズは2つある。一つは右手のこぶしを上に突き上げるグー宣告、もう一つは右を向いて指を伸ばす指差し宣告だ。どちらを選ぶかはその時の会場の雰囲気によるらしく(ウケがいいほう?)、ユース選手権では指差し宣告をしていた。確かにメジャーっぽくて格好いい、と好評だった。

マイテさんのエピソード③
 10年に行われたベネズエラの女子野球W杯では、試合中に香港選手の足に流れ弾が当たる事件が発生し、一時大会が中断したことがあった。選手の移動にも軍の護衛がつくなど、とても治安がいいとはいえない状態だったが、それは今でも同じようで、マイテさんの弟は昨年、銃撃によって亡くなったという。

「プレイ」 ハンズ・オン・ニーズ・セットポジション。 ストライクとボールのカウント。肘は肩の高さまで上げて…。基本に忠実 

攻守交替を促すために一塁線や三塁線の脇に立って見守る 最後までボールから目を離さない 正確なジャッジやスムーズな試合進行のためか、よく走る 

女性らしく、丁寧にベースの汚れを払う 給水タイムに「スペイン語、話せますか?」と質問。いや、スペイン語をしゃべれる日本人は少ないんです… 汗をふいてさっぱりと 

ファールの確認の一連の動作。しっかり確認してからコール。
説明 説明 説明 説明 

ユース選手権大会審判長・染裕之さん(加須市野球連盟審判部長)のコメント
 ストライクのときのゼスチャーのキレ、コールなんか、格好よかったですね。審判にも見せる部分が必要なんだなと思いましたし、特に女子ですから華やかにハデに「見せる」ことも必要なのでしょう。勉強になりました。世界一の女性審判員だからといって、技術的に特別なことはしていませんでしたよ。むしろ、国際ルールは我々がやっているのと同じなんだなと思いながら見ていました。

日本の女性国際審判員・藤原三枝子さん
 国際審判員としてWBSCの大会などで審判員を務めるには、全日本野球協会が2015年4月に導入した審判員資格制度で、「アマチュア野球公認国際審判員(S級)」の資格を取る必要がある。
 今年3月に発表された制度導入後初の国際審判員は21人で、そのなかで唯一の女性が藤原三枝子さんだ。子育て中に審判員を志し、日本初の女性高校野球審判員になり、現在は大学や社会人野球の審判員も務めている。詳しいプロフィールはインターネットなどで見ていただくとして、藤原さんは第3回、第5回女子野球W杯で審判員を務め、第7回女子野球W杯決勝では三塁の塁審を務めた。決勝を録画している人はぜひチェックを。キリリとしたショートヘアで、立ち居振る舞いは非常にクール。意識の高さを感じさせる仕事ぶりだった。

「審判員に何よりも大切なのは、相手の言葉に耳を傾け、常に公平でいること」というマイテさんの言葉から、なぜ彼女が世界一と称されるのかわかったような気がする。当サイトにも、「審判員になりたい」という女性から時々メールをいただくが、ぜひ資格を取り、技術とキャリアと人間性を磨いて、マイテさんが言う「私と同じか、それ以上の女性審判員」になっていただきたいと思う。 
 

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