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橘田恵

 2020年1月23日

シリーズ 指導者たち 番外編

橘田 恵(「履正社高校女子硬式野球部」監督)

日本が世界に果たすべき役割について
いつも考えています

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Megumi Kitta

1983年兵庫県出身。小学1年で野球を始め、小野高校、仙台大学時代は男子と一緒に硬式野球に打ち込む。2004年と05年に半年ずつオーストラリアの女子野球クラブでプレー。06年に帰国後、花咲徳栄高校、南九州短期大学で女子硬式野球部のコーチや監督を務め、鹿屋体育大学大学院でコーチングも学ぶ。12年に学校法人履正社に入職。20年4月から監督業は履正社高校女子硬式野球部のみに絞り、履正社RECTOVENUSおよび履正社NINOは総監督として率いている。08年から様々な国際大会の運営に携わり、18年の第8回女子野球ワールドカップでは日本代表監督を務めた。

※この記事は『週刊ベースボール』(ベースボール・マガジン社)2016年10月31日号に掲載されたものです。

 世界中の選手が憧れるW杯やプレミア12といった国際大会。各試合を運営するのはWBSC(世界野球ソフトボール連盟)のテクニカル・コミッショナー(TC。技術委員)と呼ばれる人たちだ。ほとんど知られていない役職だが、世界中から招集された9人ほどのTCたちは、いずれも野球をよく知る精鋭ばかり。
 橘田さんは2016年9月に行われた第7回女子野球W杯でそのTCたちを束ねる最高責任者、テクニカル・ディレクター(TD)に就任し、大会を成功に導いた。

アジア女性初にして、史上最年少のW杯最高責任者

 そもそも国際大会はどのように運営されているのだろうか。橘田さんの話に入る前に、まずそれを紹介しよう。

 大会を仕切る最高責任者はTD。その下にTCと現地スタッフがいて、TCたちはTDに割り振られた試合を管理する。たとえば試合前には参加国が持ち込んだバットが規格に合っているか一本一本チェックし、試合が始まれば選手団や審判に不正がないか監視する。監督と審判がもめれば仲裁に入ることもある。退場処分が発生すれば、翌日チーム代表のもとへ行き、罰金600米ドル(大会規定)の請求通知書を手渡す。試合が終われば報告書を書くのも仕事の一つだ。
 MVPなどの選考はTDとTCが協力して行う。
 どちらも野球や審判の知識、調整能力、公正さが求められるスペシャリストである。もちろん語学力は必須で、最低でも英語がしゃべれることが求められる。
 
 橘田さんは2009年、25歳の時に、当時の全日本アマチュア野球連盟の推薦を受けて、U16世界野球選手権大会で初めてTCを務めて以来、U12、U16(現在はU15)、U18、女子野球の各W杯で、計5回TCを務めた。その活動が評価されて、今年9月の第7回女子野球ワールドカップ(韓国開催)ではWBSCから最高責任者のTDに指名されたのである。

ユーモラスな韓国の球場のディスプレーをバックに。

 この大役に指名されたのは、日本では他に麻生紘二さん(73歳)がいるだけ。麻生さんはWBSC大会委員で、全日本野球協会アマチュア野球規則委員会前委員長という野球界の重鎮だ。それだけに橘田さんのTD就任は日本野球界にとってもうれしいニュースだった。しかもアジア初の女性TDにして史上最年少のTD(33歳)である。

「正直言って受けるべきか悩みました。でも相談した人たちみんな、名誉なことじゃない。おめでとうと言って喜んでくれたので覚悟を決めました。
 TDは試合が滞りなく進むように、高所大所からあらゆる問題に対処するのが仕事です。
 
 最初の仕事は真っ先に現地に入って、審判長と一緒にグラウンドルールを作ることでした。球場って安全性やルール上、チェックしないといけないところが色々あるんです。
 たとえば今回、ベンチの端にポールや支えのワイヤーがあったので、選手がぶつかって怪我をしないようにクッションを巻いてもらったり、フェンスの脇に隙間があったので、そこにボールが直接入ったらホームラン、どこかにぶつかって入ったらツーベースとか、そんなことを細かく決めていきました。
 雨などによる試合や練習時間、場所の変更も仕事の一つです。準決勝では電気系統のトラブルで照明が15分間消えたので、すぐに情報を集め、復旧した瞬間に両監督と相談して試合再開時間を決めました。

 国際大会ともなると予想外の訴えをしてくる国もあるんですよ。たとえば決勝の日本対カナダ戦では、カナダの投手が『マウンドが湿って柔らかい。危ないから土を入れてくれ』と言ってきたのですが、アピールのつもりなのか、彼女はスパイクでマウンドを掘って掘って、足元に大きな穴ができていました。初めて見る光景でしたが、審判団と協議して土を入れました。
 当然日本からは、『なんで日本の攻撃の時に試合を止めるんだ。イニングの間にやればいいじゃないか』とクレームが来ましたが、すべって危ないと言う以上、安全性を優先させるとお話ししました」

会場で交流するアメリカとベネズエラの選手。橘田さんの温かい眼差しは誰にでも公平に注がれる。

 閉会式では最高責任者としてMVPなどの受賞者にトロフィーを渡し、大会後はTCや審判長、スコアラー長などとともに反省会をして、翌日帰国の途についた。

「国際大会でよく見るトラブルは審判に対するものですね。特に外国人のクレームのつけ方は強烈です。初めてTCをやったU16大会では、南米の捕手が本塁クロスプレーのとき、セーフの宣告に逆上して球審に体当たりしていましたから(笑)。もちろん即退場です。

 こんなふうに各国、国民性も考え方も全く違うので、頭ごなしにこうしてくださいと言っては物事が収まりません。今回TDをして学んだのは、相手の言い分を聞きつつ、こういう理由だからこうなんですよときちんと説明して、最後にどうですか? と同意を求めることの大切さでした。そして常に公平であること。忍耐力が必要でしたが、やりがいがありました」

オーストラリアへ野球の武者修行

 橘田さんはふだんは学校法人履正社の教員として、専門学校と高校の、2つの女子硬式野球部の監督をしている(2016年当時)。WBSCの仕事はその合間を縫って行っているが、ここに至るまでの人生は、まさに山あり谷ありだった。

「西鉄時代からの大のライオンズファンである父の影響で、将来はプロ野球選手になるんだといって、地元の女子軟式野球連盟のリーグで少女野球を始めました。だから女子はプロ野球選手になれないと知ったときは悲しかったですね。
 でも野球が諦められなくて、高校に入るとヤングリーグの神戸ドラゴンズに入団して練習試合に出させてもらいました。
 
 高校でも野球部に入りましたけど、男子と同じ練習をしても女子は試合に出られないし、目標もありません。そんななかで黙々と野球を続けていくのが辛くて、もう野球やめようかなと悩んでいたとき、新聞でアメリカの女子プロ野球リーグに挑戦する鈴木慶子さんの記事を読んだのです。これだ、と思いましたね。私もアメリカに行ってプロ野球選手になろうって」

野球ができる場を求めてオーストラリアへ。その経験が今につながっている。

 2000年当時、日本には女子硬式野球チームは高校にしかなかったので、この道を見つけたことが野球を続けるモチベーションになった。
 さらに大学時代、女子野球日本代表のセレクションを受けたとき、不合格だったとはいえ、橘田さんの才能を惜しんだ選考委員に、「あなたは外国に行きなさい(硬式野球を続けなさい)」と言われたことも背中を押した。

 とはいえ、海外にツテはない。考えあぐねた末、先の鈴木さんに誘われて参加したアメリカの野球イベントで、一か八かの賭けに出た。
「私は大学を卒業したら野球ができなくなります。誰か私にチャンスをください」と英語で書いた手紙を、片っ端から外国人に見せて歩いたのだ。
 
「すると後日、イベントで知り合ったオーストラリア在住のアメリカ人から連絡があり、大学4年の9月から翌3月まで、オーストラリアへ野球の武者修行に行けることになったのです。現地の人のご好意でホームステイをして、アルバイトをしながら女子クラブで野球をやりました。

 オーストラリアでは3月に全豪女子野球大会があるのですが、そのときヴィクトリア州代表の一番ショートで出場して、MVPをいただいたのです。涙が出るほどうれしくて、野球を続けてきて良かったと思いました」

 この受賞で、選手としての自分に区切りがついた。「指導者になろう」、そんな思いが湧いてきたという。

 大学卒業後、再度半年間オーストラリアに行き、野球に加え、本格的に語学も勉強。合間に審判の資格を取ったことが、のちにTCに推薦される理由の一つになったのだから、人生は面白い。

 帰国した06年、花咲徳栄(はなさきとくはる)高校の教員となり、女子硬式野球の指導者として新しいスタートをきった。
「今回TDをやらせていただいて、世界の野球の発展のために日本が果たすべき役割について、改めて考えさせられました。
 今回のW杯ではメンバー表の正しい書き方(氏名、ポジション、背番号)を知らなかったり、スパイクが買えないまま参加した国がありましたが、男女とも世界ランキング1位にまでなった日本が、これからそんな国々をどうサポートしていくのか、考えなくてはならないでしょう」

関連記事 → 「シリーズ 指導者たち⑩ 鈴木慶子」
       「第7回女子野球W杯最高責任者 橘田恵さん、駆け抜けた12日間を語る」

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